琉球王朝の華 組踊(くみおどり)
組踊とは、唱え(セリフ)と音楽・所作・踊りにより構成される、琉球国の宮廷で生まれた伝統音楽劇です。琉球王の代替わりに、新国王任命のために訪れる中国の冊封使をもてなすため、十八世紀初頭の踊奉行・玉城朝薫(たまぐすくちょうくん)によって創作されました。能を参考に、沖縄の音楽や伝説を取り入れて作られ、その独特の味わいは、日本はもちろん世界にも類を見ない芸能として、2010年にはユネスコの無形文化遺産に登録されました。
西江喜春
歌・三線奏者。人間国宝。華やかな音色が特徴的な安冨祖流で、しっとりと艶やかな声は、飴色の歌声と絶賛される。もと沖縄県立芸術大学教授で、多くの後進を育成。
茂木仁史
国立劇場プロデューサー。歌舞伎をはじめ民俗芸能、雅楽、声明公演の企画・制作・演出を手がける。国立能楽堂の企画制作を経て、現在は国立演芸場で演芸のプロデュースを行なう。著書に平凡社新書「入門日本の太鼓」(イタリアでも翻訳・出版)他。
6月9日に春秋座で行われる「組踊」公演を前に
人間国宝の歌三線奏者・西江喜春(にしえ・きしゅん)さんと
国立劇場プロデューサーで、日本の民俗芸能を始め琉球芸能に造詣の
深い茂木仁史先生に、組踊の魅力について
当公演を企画した田口章子教授(京都造形芸術大学)が伺いました。
優れた配役で上演する「組踊」2演目
- 田口
- 本日はありがとうございます。
普通でしたら、このような素晴らしいメンバーでの組踊を
拝見することは沖縄でもなかなか珍しく、
東京でも実現が困難という、
大変、値打ちのある公演だそうですね。
- 茂木
- そうでね。
普通は組踊1本に、あとは舞踊を付けて行われる
ことが多いのですが、このような名作を2本まとめて、
しかも、これだけ優れた配役で観られる
ことはなかなか無いです。
- 田口
- まず今回の演目について見どころを
お教えいただきたいのですが
- 茂木
- 『手水の縁』はシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』
のように若い2人が愛し合うドラマです。
役者は30歳ちょっと過ぎ。若々しい2人が演じます。
『女物狂』は我が子を無くし、半狂乱になって探し回る
女性の苦悩を描いたドラマですが、
こちらは人間国宝で女形の第一人者である
宮城能鳳先生に演じていただきます。
2つの演目の配役をガラッと変えてあるのは、
若々しい花のある『手水の縁』を観ていただきたいのと
国宝で熟達の境地にある能鳳さんならではの『女物狂』を
観ていただきたいと思ったからです。
宮城能鳳(みやぎのうほう)
組踊立方の人間国宝で、
琉球舞踊でも国指定重要
無形文化財として
総合認定を受ける。
幅広い役柄をこなすが、
特に女方の完成された
演技は高く評価される。
沖縄県立芸術大学名誉教授。
ハッピーエンドなストーリー展開に見る沖縄
- 茂木
- 『女物狂』はいわゆる隅田川物です。
最初に盗人が出て来て
「可愛い子をさらって高い金で売り払おう」
と名乗りを上げます。
そこへまんまと子供が表れます。田舎へ連れ去る途中、
寺で一夜の宿を取るのですが、子供が機転を効かせ、
お坊さんに泣きついて助けてもらう。
しかし、それで家に帰るのではなく寺の子供になる。
自分の家も分からないような、小さな子供なんです。
1年ほど経った頃、気が触れて彷徨っていた母親が、
偶然その寺に立ち寄って、再会するというお話。
この出会いの場面が感動的で、美しい歌にのって
「あぁ生きていてよかった」と抱き合うのです。
一方、『手水の縁』は、見どころが三つ。
最初は一目ぼれで口説き落とすところ。
二つ目は深夜に忍んで会いに行くところ。ここが
ロミオとジュリエットのような場面です。
三つ目は勝手な恋愛として許されず、
女性が処刑されようとする場面です。
助けに向かう恋人は、気が気でない。生きて逢いたい。
最後は処刑する人達も情にほだされて逃がしてくれます。
封建主義の時代に珍しい、恋愛至上主義の物語です。
隅田川物
人形浄瑠璃や歌舞伎の
ストーリーの一つ。
能の『隅田川』を原点と
する梅若伝説を扱ったもの。
-
- 組踊は元々、冠船芸能として中国の冊封使に見せる
公式なセレモニーで演じられるので、
悲劇や、残酷なシーンで終わるということは許されません。
新国王の任命式の後に演じられるので、めでたく終わって
新しい世も素晴らしい世になりますように…
という願いが込められます。
だからすべてハッピーエンドになるのが特徴です。
演目は古典から創作まで60ぐらいあって
初期は能取りものが多く、後にはオリジナルが増えますが
7割ぐらいは仇討ものなんです。
冠船芸能(かんせんげいのう)
琉球王府時代、国王の代替わり
の際、中国皇帝が琉球に対して
詔勅を与えた。使者である
冊封使(さくほうし)
王の冠を携えて来たことから、
彼らの乗る船を「冠船」と呼び、
一行を歓待する宴で演じられた
芸能をよぶ。
- 田口
- でも最後はハッピーなのですね。
- 茂木
- そうです。仇討してハッピーになる。
とにかく芸術性の高さを鑑賞してほしいですね。
ゆったりと演じられる心地良さ。
一般に芸能は、観客の嗜好に合わせて変わるものですが、
雅楽や能のように、宮廷やお城の式楽になると
形を崩さずに伝承しようとする意識が働きます。
そういう中で磨かれてきた芸能ですから、
非常に洗練されています。能や、歌舞伎の影響がありますが、
そのどちらとも違うところを見てもらいたいですね。
- 田口
- 琉球王朝時代、芸能は士族が行っていたそうですね。
- 西江
- 首里城に仕えるには
何か芸能ができないとダメなんです。
武術、学問、芸能の3拍子揃わないとね。
- 田口
- それが三種の神器だったんですね。
玉城朝薫という人もやはり、
玉城朝薫
(たまぐすくちょうくん)
組踊の創始者。
薩摩・江戸へ複数回のぼり、
能や歌舞伎に触れて造形を
深め琉球の音楽をふんだんに
取り入れて組踊を創作した。
- 西江
- そうですね。
この方は早く親を亡くしてお爺さんに育てられ、
そのお爺さんも早く亡くなられたので若くして後を継ぎ、
後に踊奉行の親方になったということは、
よほどの才能があったんでしょうね。
でも組踊を始めた時は「踊りがしゃべるか」と言って
反感を買ったみたいですね。
- 田口
- 身体所作だけでなく、
- 西江
- セリフを唱えるのでね。
でも、冊封使らも踊りの最後の方は退屈をするようで
少しでもクスッと笑えるような踊り
「醜童(しゅんだう)」という作品も
朝薫は作っているんです。凄腕ですね。
- 田口
- ですけれど踊奉行があるというのはすごいですね。
日本国にはなかったですものね。芸術的分野の奉行は。
そういう意味では沖縄は芸術のレベルが高いんですね。
- 茂木
- よく言われるのは、日本の武士の床の間には刀が、
沖縄の士族の床の間には三線が飾ってあったということ。
沖縄は武力ではなく外交で国を護ってきましたから、
芸能も国を支える手段だったのです。
組踊は観に行くのではなく、聴きに行く
- 西江
- 音楽的なところでいくと、昔から沖縄の人は
組踊は観に行くのではなく、聴きに行くと言います。
まさに『手水の縁』では、
二アギ(二揚げ、日本では二上げ)の曲で、
沖縄音楽の発表の場などでは必ず独唱される5曲
干瀬節(フィシブシ)、
子持節(クヮムチャ―ブシ)、
散山節(サンヤマブシ)、
仲風節(ナカフウブシ)、
述懐節(シュッケーブシ)
全てを演奏します。
中でも仲風節は誰でもできる曲ではなく大変難しい。
それらを含む5曲全てが『手水の縁』に入っています。
それから本調子の東江節(アガリーブシ)や
通水節 (カイミヅィブシ)など名曲がズラリと並びます。
組踊では『手水の縁』が音楽を沢山使っているので
聴きどころが沢山ありますね。
- 田口
- 西江先生はおいくつから三味線を?
- 西江
- 20歳過ぎてからです。割と遅いですね。
- 田口
- どういうご縁で?
- 西江
- 私の田舎は伊平屋村という離島なんですが、
そこでは毎年旧暦の8月15日に十五夜があるんですね。
豊年祭といって、そこでは三線の人を一番座に置く。
十五夜
旧暦8月15日の夜、
「ジューグヤ・チチウガミ」
と呼ばれる月を拝む行事。
前後にハチグヮチアシビ
(八月遊び)と称する豊年を
祝う祭りを行う。
- 田口
- 三線を弾く方はとっても重要と。
- 西江
- はい。だから仕事に着く前に
三味線を習った方がいいと思ったんですが、
親は仕事についてから三味線を始めろという。
今は「小学校の一年生から三味線をやりなさい」って
言われるので本当に羨ましいです。
私達の頃はまず就職してからとういわけですからね。
- 茂木
- 沖縄は家柄とか血筋とか関係なく、実力主義なんです。
だから面白い。
西江さんも20歳過ぎてから三線を始めて、
40歳ぐらいまでは仕事もして人間国宝になるんですから。
今の人間国宝の方は大体80歳ぐらいなんです。
だから大抜擢というか、誰もが認める実力の持ち主です。
まさに脂が乗っている西江さんの芸を観ていただきたい。
- 田口
- そして女形の宮城能鳳先生は本当にそこはかとなく、
佇まいだけでも雰囲気を持っている方ですね。
- 茂木
- 沖縄の女形というは、なよなよしていなくて、
「肉に骨を付ける」という言い方をしますね。
- 西江
- そうですね。組踊をやっている人達は、
割と僕みたいにゴッツイ人が多いんですよ。
それでも女形をやらなくてはいけないのですが、
能鳳先生は体型からして女形ですね。
- 茂木
- そうそう、当日は舞台脇に字幕が出ます。
- 西江
- 言葉の問題は今、沖縄でも問題になっていて、
国立劇場でも字幕を出さないと理解されないんですね。
沖縄でも子供達にどう方言を伝えていくのか
盛んに問われています。
今は組踊保存会が、国からの援助で各地方を回っています。
その時にも両サイドに字幕を入れるので、
少しは方言が理解されるようになりましたね。
- 田口
- 文楽だって字幕が出る時代ですものね。
字幕なしで沖縄の方で楽しむことができる方って
どのくらいいらっしゃるんですか?
- 西江
- 40歳から50歳以上だと理解はできると思いますが、
字幕なしだとどうですかね。
青年達が居眠りを始めるでしょうか(笑)。
- 田口
- 小・中学生に組踊を教える時は言葉も大変ですね。
- 西江
- そうですね。音楽とか踊りをやっている子は
割と理解 できるのですが、
芸能をやっていない子供は
方言を分かる状態ではないですね。
- 田口
- あと、本物の紅型幕を持ってきてくださるとか。
地方公演だとレプリカということも、
よくあるというお話を伺ったのですが。
紅型幕(びんがたまく)
舞台の後ろに吊るされる
紅型染の立派な幕。
- 茂木
- 背景に使う幕で、こちらで言えば
松羽目みたいな役割を果たすものです。
おめでたい松竹梅と鶴亀が描かれています。
元々、お祝いの芸能だということだと思います。
めったに観ることのできない値打ちある組踊公演。
見どころも満点です。ぜひいらしてください。