『アドルフに告ぐ』関連インタビュー女性も楽しむ『アドルフに告ぐ』の魅力

第二次世界大戦前後のドイツにおけるナチス興亡の時代を背景に、 「アドルフ」というファーストネームを持つ3人の男達 (アドルフ・ヒトラー、アドルフ・カウフマン、アドルフ・カミル) の3人を主軸とし 2人のアドルフ少年の友情が 巨大な歴史の流れに翻弄されていく様と 様々な人物の数奇な人生を描く、手塚治虫原作漫画『アドルフに告ぐ』。 栗山民也さん演出で舞台化されたこの作品が、 6月、春秋座で上演。 春秋座での公演を前に、由季江役を演じる朝海ひかるさんに 作品について、作品への思いなどをお伺いしました。

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この作品は手塚作品の中でも、とても難しい作品だと思いますが、 KAAT(神奈川芸術劇場)での公演を終えてみていかがですか?
朝海
お客様の舞台に対する集中力が いつもの公演とは違いました。 食いつくようにご覧になっていたのが印象的でした。 ご覧になった方の感想を聞くと、 そんなに深い所まで舞台を見てくださっていたのかと 思うことが多かったですね。 まだ、客観的に舞台を見られていない部分があったことが分かって お客様の声から勉強させていただいています。 観に来てくれた友人が 作品の感想や、それを観ての今の日本について 熱く語っているのを聞くと いま、この作品を上演する役割を改めて感じますね。
朝海さんが演じる由季江は、どのような役どころでしょうか。
朝海
成河さん演じるアドルフ・カウフマンの母親役です。 冒頭で、ドイツ領事館に勤めている夫が亡くなり その頃にちょうどアドルフは年齢が達したので、 ドイツの「アドルフ・ヒトラー・シューレ」という ナチスの党幹部予備軍を養成する学校に入ってしまう。 そして一人、神戸でアドルフの帰りを待っているという役どころです。
私は舞台を拝見した後に漫画を読んだのですが、 漫画と舞台では由季江の印象が少し違うように感じました。 朝海さんの演じた由季江のイメージで漫画を読んだので、 漫画の由希江にも納得がいったと言うか…。 漫画のなかでは、由季江は最期に何も言えずに亡くなっていくのですが、 舞台では「家族のために生きてみせる」という強いセリフがありますよね。 このセリフに母として、女性として由季江の強さを感じたのですが、 今回、演じるにあたって意識したり、役作りに参考にされた方はいらっしゃいましたか?
朝海
この時代の、戦時下の家族を描いた映画など、 参考程度にさらっと見ただけなのですが、 それより演出の栗山民也さんが要求することに、 どうこたえようか、と役を作っていった感じです。 あとは想像力ですね。 母ってどんなものなんだろうと。 成河さんが生まれた時からを自分で想像して、 「あぁ赤ちゃんの時はこんなだったんだろうな」 「初めて立った時は感動したんだろうな」と、 ストーリーを作って、それを思い描いたりした上で お芝居をしていました。
他の作品でも役作りをする時、いろいろと想像したり、ストーリーを立ち上げて役を作られるのですか?
朝海
こんな時、この役の人だったらどう思うだろう、 こんな事件が起こったら、どう思っただろうかと自分で作って、 役の肉付けをしたりすると自分でも安心感が出て 役を演じる事ができ、さらに セリフの裏付けが取れる様に思い 毎回やっていますね。
朝海さんは、宝塚歌劇団の男役トップスターでいらしたのですが、 やはり男役の方は、女性の“憧れ”といっても、異性としてであったり、 卒業して女優さんになっても、「理想の上司」というような、
朝海
天海(祐希)さんとかね(笑)
そばにいて欲しいという人としての“憧れ”を持つ方が多いと思うのですが、 朝海さんは、演じられた由季江さんという存在も、 自分もそういう女性になれたら…という“憧れ”を抱かせられる方なのだなと。 良い意味で、宝塚で男役をやられていたということを感じさせないと言うか。
朝海
うれしいです! やはり手塚さんの描かれる女性像が、 とてもたおやかで美しくて、 一人の女性としてとても“憧れ”ます。 たぶん、手塚さんの理想の女性像が すごく由季江にも入っているんだと思うんです。 そこも大事にしながら役を作りました。 髪型も手塚漫画に出てくるような感じに、 ヘアメイクの鎌田直樹さんと一緒に考えて 手塚作品のヒロイン風な髪型に作っていただきました。
それもまたすごく素敵でした。
朝海
ありがとうございます。
栗山さんからの由季江という役の注文は、どういうものだったのですか?
朝海
セリフ一つ一つは、何気ない言葉だったり、 平和な世の中だと通り過ぎてしまう言葉なのですが、 そのセリフがいかに、戦時下で大事なものだったか。 由季江はレストランを開くのですが。 贅沢禁止令が出ているさなか、何故ドイツ料理の店を開くのか。 最初、私はそこまで深く考えていなかったんですね。 息子に「ドイツ料理の店を開いたらいいよ」と言われたから 開いたのかなぐらいにしか思っていなかったのですが、 栗山さん曰く、禁止されている時だからこそ、 日常のこと――食事をする、音楽を聴く、ダンスを踊る ということがいかに大事で、 人間には切っても切れないものだとおっしゃって。 劇中に「食事に音楽は欠かせません」という セリフがあるのですが、 それは栗山さん曰く、反戦のメッセージだと。 あぁそういうことか!と思いました。 本当にさらっと流しがちなセリフの裏に思いが込められている。 日常を奪っていく戦争に、 由季江さんは逆行して、反対して ドイツ料理店を始めると。 目から鱗というか、浅はかだったなぁと反省しました。
当時は男性社会で、戦争もそうだったと思うのですが、 女性はその状況に従うしかなかったのかなと。 でも、その中で素敵に生きようとする由季江さんというのは…
朝海
すごいエネルギーを持った方ですよね。 でも本当に戦時下の母親って、そうだったと思うんです。 家族にご飯を食べさせるために、 どんな苦労をしてでも食糧を集めて、 みんなに食べさせることが大事だったと思うんです。 その母の思いやりある強さが、由季江に込められていると思います。 女性目線で舞台を見ると 戦争時代の女性の生き方を感じとっていただけるのではと思います。
女性ならではの楽しみ方ですね。
朝海
そうですね。 この物語は、男性3人の生き様を描いていますが、 その中で生きているエヴァ・ブラウン、 エリザ(前田亜季演じるユダヤ人女性・2人のアドルフ少年に翻弄される) も含めた3人の女性の生き方にも注目していただくと、 よりこの作品を深く理解できるのではないかなと思います。
栗山さんの演出は結構、厳しい時もあると伺いますが…
朝海
栗山さんの演出は、人間がふとした時に出る、 人間らしさと可愛らしさ、温かさを ズームして表現してくださります。 今回のような、すごく硬派な作品でも 最初、アドルフ少年が綿菓子を食べながら出てくるのですが ここで綿菓子を出すって、栗山さんすごいなーって。
写真提供:KAAT神奈川芸術劇場/撮影:引地信彦
 
綿菓子が出ることで、お客さんの心も和むんです。 2人のやりとりが微笑ましくて、 幼馴染みの仲の良さ、 甘さを綿菓子で表現しているのかなって。 それが、とても印象に残るんですよね。 でも、最後にはパレスチナでその2人が対決するという… 素晴らしい対比を作られたなぁと感動しました。 それで、成河くんが綿菓子を食べた時に思わず 「あっまーい」って言うんですけれど、それが可愛くて。 そういうところの演出をつけられるのも素敵ですね。 この時の甘いものって高価なもので、 領事館に勤めているうち(由季江の家)でも 買えないものなので、 ごちそうを2人で食べているっていう。 先日、久しぶりに2人の場面を袖から観たのですが、 最後を知っているだけに本番中に号泣してしまいました。 2人のかわいらしさをみていたら…
一方で、栗山さんは美しい世界をただ、ただやることもありますよね。
朝海
今回はシリアスなお話なんですが、 舞台の絵面として、悲しいぐらい美しいシーンがあります。 神奈川での公演の最終日に栗山さんが下さったメッセージに 「美しく、深く、力強い舞台でありますように」と 書いてありました。 やはり美しくあるってことを念頭においていらっしゃると思いますね。
息子役の成河さんの印象はいかがですか?
朝海
ずーっと前から素晴らしい役者さんだなと思って尊敬していたので、 その方の母親役ということになり、 最初はプレッシャーもあったのですが、 とてもフランクで素敵な方で、 私がまごまごしていても、 ズドーンと芝居で受け止めてくれるんです。
 
ですから、その時のやりとりをいかに本物にするか、 ということを心掛けてやりました。 成河さんは、本当になんていうか… 吸い込まれる演技をするんです。 共演者なのに、最初はうわーすごいなーって感心してしまったのですが、 そんなこと言っている場合じゃないなと思って(笑)。 今は成河さんに甘えて、引っ張っていただいて… 自分も抵抗せずに、その世界にはいれるように演じています。 息子に引っ張ってもらっていますね(笑)。 本当に素晴らしい俳優さんだなと思って尊敬しています。
成河さんとのやり取りの中にも、込められているメッセージはあったのでしょうか。 お互いにそこを考えていく作業もあったのでしょうか?
朝海
どちらかというと、母としての立場のセリフの方が多くて、 反戦のメッセージが込められたセリフは、 峠さん(鶴見辰吾演じる峠草平)との方が多いですね。
写真提供:KAAT神奈川芸術劇場/撮影:引地信彦
 
途中、「ハイル・ヒトラー!」と言う息子を 「ハイハイ」っていなす場面があるんですね。 「ハイル・ヒトラー!」も母には負けるという(笑)。 そういう場面を作った栗山さんはすごいなと。 これは最初の本読みの時、何でこの場面に登場させたんだろう と思っていたんですが 全てのものは母には負ける、と。 あんなにも残虐な人間でも、普通の人間の子供だと。 殺人鬼と化してしまった子でも同じ人間の子だと、 一瞬、垣間見える場面かなと思っています。
男性が真剣にやっていると、女性は咎めにくいと思うのですが、 お母さんなら「ハイハイ、そんなこと言ってないで」と言えると。
朝海
そうなんですよね。 母の強さというか、「何言ってんの」とか 「ハイハイ」って言われて、 息子は何も対抗できないんですよね。 その辺の親子関係が表現できているのではなかと思います。
由季江さんの強いセリフが後半にありますが…
朝海
由季江さんの最後の一言が「家族のために生きてみせる!」。 意識朦朧の中で、 これを言いたいと思って言っているのではなく、 自然と出てきてしまった言葉がそれだと思いうんです。 どれだけこの人の生命力は強いんだと。 それを最後まで表現していますね。
拝見して、私もそうなれたらと感じました。
朝海
大丈夫です。なれます(笑)  漫画では植物人間になっても、お腹の中では子供が育って、 ちゃんと出産するんですね。舞台では描かれてないですが。 「お医者さんは奇跡と言います」という 峠さんのセリフがあるんですが、 人間にはそういう奇跡を起こす力がある。 手塚さんは『ブラックジャック』とかも描いておられますし、 医学的な知識がもちろんあっての話なのでしょうから そういうことはあるのだろうなってリアルに受け止められる。 ただのドラマじゃないんだなって。 この平和な日本で生きている自分は そこまで生への執着があるのか…。 由季江さんを演じてみて「生きる」ということを 改めて考えるチャンスをいただいたなと。 なかなかないですよね。 今、生きている、生活している中で 「生きてみせる」って思うことって。 生きていてあたりまえだし、 普通に、平和に生きられてあたりまえな世の中で、 改めてそういうことを考えさせてくれる作品だなと思います。
そのほかにこの作品から気付かされたということはありましたか?
朝海
改めて、あぁそうなんだよなと思ったのは、 パレスチナの問題ですね。 終戦から70年ですが、今も変わらず戦いはありますし。 子供の頃からこのニュースを見て知ってはいるけれど、 いったい、どういうことなの? って思っていたんです。 もちろん授業とかで聞いて分かってはいたけれど、 今回の舞台をやってみて腑に落ちたというか。 そうか、どちらも引けない戦いなんだなと、 改めてイスラエル建国の話が身近なものとして捉えることができて、 遅まきながら理解したというか…。勉強させていただきました。 最後に物語が自分たちとは関係ないと思っていたパレスチナに飛んで、 それは現在も起こっているんだと。 自分たちと無関係ではないんだなと。 今回、改めてそう感じることができましたね。 手塚さんがカウフマンを日本人とドイツ人のハーフにしたことで、 私たち日本人にとっては、単にナチスドイツの話をされるより、 他人事ではなく感じますよね。 その効果で、より、この物語を理解できるのではと思います。
いまこの作品を上演するのはきっと必然なのですね。
朝海
いま、戦争を知らない若い人たちに見ていただきたいですね。 私たちも全く知らないのですが、 若い人たちにも戦争とはこういうものであったと よりリアルに感じていただける、 体感できる作品だと思います。
では最後に、朝海さんは女優として、 今後どういう作品に挑戦していきたいですか?
朝海
日本人の日本人による日本人のための作品に これからも出ていきたいなと思います。 それがミュージカルであろうと、ストレートプレイであろうと、 ダンスであろうとジャンルは問わず、 手作りのものというか、一から作っていく中に入って お芝居していきたいなと思います。
ここからは質問というか(笑) 『アドルフに告ぐ』にかけまして、 「○○に告ぐ」ということで2つメッセージをいただければと思います。 まずは、「世の女性に告ぐ」ということで、 朝海さんの“美の秘訣”を。
朝海
私も知りたい~。 でも、気を付けていることは…、そうですね 食べるものとかは、口に入れる前に考えるんです。 これを体に入れて、今は幸せを感じるけれど、 これを食べたところで毒になるのじゃないか? 脂肪になるんじゃないか?とかって クッキーをずーっと眺めながら、そして置いたりして(笑)。 そういうことを考えるようになりましたね。 もちろん、なるべく自然のものを食べるようにしています。 とは言っても、インスタントラーメンが食べたくなるときは 絶対あるんですけどね。 一年に一回ぐらい無償に食べたくなるんです。 そういうときは我慢せずに食べます。 ストレスをためないことですね。 で、食べた後は「アーおいしかった」って。
2つ目は「学生に告ぐ」ということで。 春秋座は京都造形芸術大学内にあるので、 芸術を学ぶ多くの学生がいます。 朝海さんは同じ年のころ宝塚歌劇団で 「努力の人」だったと伺ったのですが、 当時を思い出しながら、ぜひ学生たちにメッセージを。
朝海
24時間、芸術を浴びられる環境にあることは、 とても羨ましいなと思います。 この長い人生の中で今、この時しかない、 それを存分に楽しんで追究して、 自分なりにもがき苦しんでください。 それは、後から何かしら形になってかえってくるので、 わき目も振らず大学に没頭してほしいなと思います。
ありがとうございました!