―『源氏物語』をテーマにお書きになるきっかけはあったのですか?
私の作品の中で『平家物語』を題材にした 『藤戸』というオペラがあるのですが、 10年ちょっと前に、それをパリで公演したんですね。 その時の舞台関係者が「どうして『平家物語』は お書きになって、世界一長い心理小説の『源氏物語』は 書かれないのですか」と言うわけです。
「心理小説」とはどういう意味だ? 私としても『源氏物語』を完読していたわけではなかったので 余計にその言葉が残ったんですね。
私の作品としてはオペラでは『仏陀』、 万葉集の編纂者・大伴家持の『堅(かた)香子(かご)の花』、 『平家物語』からは『藤戸』、 平安・鎌倉時代では『法然・親鸞』を舞台音楽で書き、 その後は春秋座で初演させていただいた『阿国』となっていく。 歴史的なものを追いながらポッカリと『源氏物語』だけが 抜けていたんですね。
『仏陀』では、真っ正面から仏陀の悟りへの道を 書き続けていましたので、逆に煩悩の世界を書くというのも 良いのではないかと思いつつ、「心理小説」という言葉が どうしても耳から離れなくなってしまっていたんです。
『源氏物語』は、色々な人達が オペラをお書きになっておられますし、 観させていただいたりもしたのですが、 この物語は一体何が心理小説なのか、というところを含めて、 もう一度、『源氏物語』を読むという作業から始めたのです。 そうして読んでいると仏典の中にある比喩が よく出てくるんですね。 一体、何だろうと不思議になって、 『源氏物語』と『仏陀』が無関係に思えなくなったんです。 私自身が仏陀の生涯をオペラ化したものですから、 何か他人事ではないという気になってきたんですね。
『源氏物語』の一帖で描かれているのは 光源氏の母親・桐壺の死ですよね。3歳の時に母親の死がある。 桐壺帝は、その生まれた子をどういうふうに育てていけば いいのかと悩み、高麗の僧人―占い師を呼びます。 そして息子の将来について尋ねる。すると 「確かにこの人は帝として治めるに十分な能力のある人だが、 そうなると世が乱れる」という予言をしますよね。
片や仏典も同じく誕生から始まるのですが、 ゴータマ・ シッダルタ誕生の時にマヤ婦人が亡くなります。 父のシュッドーダナ王も この息子をどう育てていけばいいのか困り、 アシタ仙人(当時のインドで最高峰のバラモン)という 優秀な僧侶を呼んで訪ねます。すると 「王として生きるのなら世界を征服していく能力を 持っていくだろう。バラモンとして生きて行くなら 世界の聖(ひじり)になるであろう」と予言します。 人物的配置も話の中身も一緒なんですね。
二帖では「雨夜の品定め」(五月雨の一夜に光源氏や頭中将たちが 女性の品評をする有名な場面)になります。 女を知ることは世の中を知ることだ、と言いながら 色々と女を品定めして、これから後に出てくる 基本的な女性のタイプを述べてしまいますよね。
片や仏典は狩の場面になるんです。 『源氏物語』では源氏に頭中将というライバルが おりますでしょ? それと同じようにシッダルタは ライバルのダイバダッダと狩りに行くわけです。
しかしシッダルタは積極的に狩りをしない。 ダイバダッダはシッダルダに 「狩りは軍事のための訓練」と主張する。
シッダルタは「生き物の命を奪ってまで その訓練が必要なのか。」と言うわけですね。 そうするとダイバダッタは「そんなことでは生温い。 やはり力だ。武士として国を守ることは力だ」と、 「力」と「生命」を提示します。 それが最後の最後まで話の根本となるんですね。 このように至るところに共通性があるんですよ。 そこが不思議だったんです。
そこでハッと気が付いたんですが、紫式部の描く源氏は、 仏陀の教えを裏返した心の闇の部分、欲望の世界、 心の中にある苦悩の部分から物語を描いていっているのかと 私なりに気が付いたのです。
これは大変だ。
『仏陀』を書いて来た私ですが、これを書くために 今まで何もかも全部がこのためにあったのかと 思えてきたんです。
「心理小説」と言いましたが、 大変な中身がそこには存在しているんですね。 仏法で言う苦と楽の中道の哲学。否定と肯定。 アウフへ―ベン(ヘーゲル弁証法の基本概念のひとつ。 あるものを否定しつつも、より高次の統一の段階で生かし保存すること)ですね。
良き物はいつまでも良き物のままではない。 必ず悪しき物にもなる。 しかし悪しき物の闇の部分は必ず晴れる時もある。 その良し悪しというものを基本的にどう問えばいいのか、 人間がどういう風に見つめればいいのかということを 五十四帖かけて語っていく。そこが魅力だったんですね。 そういう意味では、紫式部という千年前に存在した人物に 脱帽したわけです。