笑也・右近「松竹大歌舞伎」を熱く語る!

この秋、全国21都市を巡る「松竹大歌舞伎」として 春秋座に猿翁一門の大歌舞伎がやってきます。 6、7月に行われた猿翁、猿之助、中車、團子の 襲名興行の合間を縫って、 「松竹大歌舞伎」にかける思いについて お話いただきました。

第三幕 これからの澤瀉屋

右近
今、襲名興行で日々大変賑々しくお客様にもご来場賜って 皆様から気をいただいて演じておりますけれども。 新猿之助さんとも、中車さんとも、團子さんとも 非常に仲良く和気藹々とやらせていただいております。 猿翁一門で寿猿さんという 先代、先々代様からのお弟子さんを別としても、 僕が筆頭になってしまいましたので 一番古くはなっているんですけれども。 師匠からたくさん学んできて 経験をさせていただいたことを、 これから未来に伝えていくというのが 師匠へのご恩返しでもありますし、 自分自身の使命だなというふうにも 感じておりましたんです。 なんとなく、じゃあどうやって伝えて、 誰に伝えるのかというようなところがですね、 もちろん一門の若い人達に伝えていくのも、 もちろんあるんですけれども。 それだけではなくて、誰に伝えていくのかな というところが漠然としていたわけなんです。私の中で。 それが今回こういう形で皆さんが襲名されて おこがましい話しですけれども 自分自身が経験させていただいたことを少しでも、 その役をなさった人には伝えることが出来るんですね。 その役をしない人には伝えられないじゃないですか。 ですから僕がやらせていただいた役で感じたことですとか 段取りであったりとか、そういうことも含めてですね お伝えしていく方というのが明確になってきた。 というのが私の中では非常に嬉しいことなんですね。 これからも全面的にサポートさせていただいて、 微力ですけれども澤瀉屋の発展の為に 力を尽くしていければありがたいな というふうに思っております。 それが、今日まで師匠に育てていただいたご恩、 恩返しにもなるでしょうし、 今日まで支えてくださったお客様に対しての ご恩返しにもなると思いますので。 そしてそれが広い意味では歌舞伎のためになれば、 この世界に11歳から入ってきて この後も生涯を送っていくのに 自分にとっての足跡みたいなものを 残せるのではないかなというふうに思っております。

澤瀉屋版「熊谷陣屋」

―『熊谷陣屋』で、他に澤瀉屋ならではの演出はありますか?
右近
師匠は昭和47年に春秋会でなさっているんですけれども。 その折には、十三代目片岡仁左衛門さんに習われたそうです。 型としては十三代目さんがなさっていた型になります。 松嶋屋の型ですけれども、ものの本によりますと 物語の中の、見得の形なんかは 二代目(市川)左團次の型だというふうに 書いてあったりもしますし、 どういう流れで松嶋屋さんの型があるのかというのは 僕もちょっとよくわからないですけれども。 いずれにせよ師匠は十三代目さんに習って、なさった。 そこにもう一つ相模と二人で花道を引っ込む ということを初めて取り入れられたわけですね。 それよりもずっと以前に武智歌舞伎で 仮花道の方を弥陀六と藤の方が引っ込んで、 それで本花道の方をこの夫婦が引っ込む という型はなさったことがあるらしいんですけれども。 師匠はそこから仮花道の方はやらずに 夫婦で引っ込むということを取り入れられたのが、 やはり従来九代目(市川團十郎)の型として なされているものと大幅に違うところではないでしょうか。 実際に私はそれを経験させていただいて、 自分の会でやらせていただいたんですけれども。 やはり、すごく納得がいくんですね。 おそらく九代目から初代(中村)吉右衛門と 脈々と花道を引っ込まれる型、それ以前というのは芝翫型で 全部引っ張りの芸で絵面に決まって終わっていたんだ と思うんですけれども。 多分、九代目から初代吉右衛門というその名優や、 熊谷役者の皆さんが、花道をひとりで引っ込むことを お客さんが欲したのではないかと思うんですね。 ですから、おひとりで引っ込むという形が 今では通例になっていますけれども。 そもそも同じ様に息子が死んでしまっているのに、 奥さんを置いて行っちゃうのはどうなのかな、と 私は思いまして。
一緒に引っ込む型をやらせていただきましたところ、
 
共に我が子を失い、二人で支え合って生きていくというのでしょうか、 熊谷が初めて自分を出すところですよね。 それ以前は自分自身というものをすごく押し殺しているわけです。 出家して坊主になったところから 熊谷が自分の全てを出すわけです。 その中で相模と一緒に引っ込むというのは 非常にドラマチックな終わり方なのではないかなと 思います。僕は大好きなんですけれども。
―出は変わらないのですか
右近
出は変わらないですね。他もあまり変わらないです。 象徴的に変わるのが最後のところです。

嬉しい役者

―ここはしっかりやらないと、と思うところはありますか?
右近
そうですね、やはり三味線の糸に乗れるかどうか ということだと思うんです。 自主公演でやらせていただいた時も 師匠からご指導いただきましたけれども、 この熊谷1時間半の間に3回も着替えるんですね。 熊谷が着替えている間にそれぞれの見せ場が入っている。 着替え終わって出てくると、熊谷の見せ場がある。 非常に理不尽な古典の話なのに、 そういう意味ですごくショーアップされているんですよ。 だからそれだけに物語りのところとかを糸に乗ってですね、 そこにもちろん型に心理を込めて演じるということが 必要になってくるのかなとも思います。
©松竹
 
師匠の猿翁に以前に習いました時に 「もっとあなた嬉しくやりなさいよ」という。 「あの役者嬉しいね」って、 何かこうワクワクドキドキするというんでしょうか、 見ていて楽しくなってしまうというような、 我々の世界では「嬉しい役者だね」というふうに 言うんですけれども。 「もっと嬉しくやりなさいよ」というふうに。 三味線の糸に乗って、見ているお客様が楽しくなっちゃうような。 もちろん自分自身も嬉しくなくちゃ出来ないと思うんですけれども。 まずは、その型に心理を込めて 数々の習ってきたことをやるという段階でして 中々嬉しくはなれないですけれども、 なんとか少しでも研鑚を積んでですね ワクワクドキドキするように 楽しく嬉しく演じられるようになれれば というふうに思います。

右近さんの熊谷直実と笑也さんの女伊達が見られる「松竹大歌舞伎」は、 2012年9月6日(木) 昼の部 12:30、夜の部 17:00 昼夜二回公演です。 お楽しみに!