KUNIO08『椅子』ファイナル 杉原邦生さん インタビュー

不条理劇でフランスを代表する作家の一人、
ウージェーヌ・イヨネスコ。
彼の代表作でもある『椅子』を今、京都で勢いのある若手演出家杉原邦生さんが演出。2011年に東京、名古屋で上演し好評を博しました。

今回、山海塾ダンサーの岩下徹さんと女優の細見佳代さんのコンビによるKUNIO08『椅子』はファイナルを迎えます。

有終の美を飾るべく稽古に励む杉原邦生さんに演出にまつわる意外なエピソードと見どころを伺いました。

インタビュアー 佐藤和佳子

第二幕 本番直前に「ごめんなさい」

――
先ほど初演の演出は、今回上演されるものと 全然違うとおっしゃってましたけれど、 初演でもKUNIOオリジナルの演出というか、 手を加えたりしてたんですか?
杉原
いや、基本的に戯曲に忠実にやったんです。 舞台美術の基本的なプラン、構造・デザインが 戯曲の中で細かく指定されているんですよ。 見取り図みたいなものが描いてあって。 基本的にそれを踏襲したので、 オリジナルなことっていったら最後にコンサートLIVEとかで使う 金テープがプシュ~って降ってくるとか、 それくらいでしたね、派手なことは。
――
KUNIO作品の演出って基本的に派手なイメージがありますよね。
杉原
そうですよね(笑) 『椅子』の初演も大きな音がボンッと鳴ったりとか、 テンポよくバンッバンッと進んだりするけど、 基本的に戯曲に忠実にやったから、結局2時間ぐらいありました。
――
それが、どうやって進化を?
杉原
再演版は劇場空間が初演の四分の一ぐらいの 大きさになるっていうのも もちろんあったんですけど、 ちょっと初演が消化不良っていうか・・・ まあ、とりあえず戯曲のことはわかったけど 自分があの時この戯曲で何を伝えられるのか、というところまで 作品が発酵しなかったっていう気がしていて。 ベース、土台はつくれたけど、ちょっと消化不良な感じがあったから。 いつかもう一回やりたいなと思っていたんです。
 
この作品は最終的に老人と老婆が死んでしまう話だけど、 僕は二人はすごく幸せだなって思うんです。 孤独で社会から隔たれた環境で生活しているんだけれど、 最後に自分たちで最高のパーティーを開くことができて、 妄想かもしれないけど、お客さんがいっぱい来て、 そこで言いたいことは全部(弁士に)託しました!て言って 死ねるっていうのは、実はとてつもなくハッピーなんじゃないか、 すごく、すごく幸せな死に方をしてるんじゃないかなと。 人の“死”ってどうしても深刻になっちゃうっていうか、 マイナスなイメージだけど、 何かを全うして死ねるっていうことはプラスなこと、 幸せなことなんじゃないかなって。 自分達の思い通りのシナリオで死ねるってことは すごく幸せな事だなって僕は思うんです。 だから、再演はちゃんとそこに行き着くような作品にしたい、 この作品を見たときに二人の死を祝福したいと 思えるような作品にしたいと思ったんです。 そういう風に思えたから、それなら、 いま再演する意味はあるな、 僕がもう一回やる意味があるな、と思って、 2011年に再演することにしました。 それで稽古を始めたんだけど、 やりたいことは分かっているのに、 名作戯曲の構造の中でそれを成立させる方法がなかなか見つからない。 どうやったら、自分のイメージを具体的に実現できるのか、 その術が分からない。 やっぱり、自分でも驚きたいんですよね、 「こういうやり方もあったか!」って。 そんな風に確固たるプランを決められないまま 劇場入りの日は近づいてくる…。 で、劇場に入る直前、稽古場での最後の通し稽古が終わった後に 「これ・・・僕、何か違うと思うんですよね」って(笑)
――
演出家が言い出しちゃった!
杉原
「何か違うと思うんですけど、何が違うんだかわからない。 とりあえず明日からお願いします」って言ったら 俳優もスタッフもみんな、はい?みたいになって。 そりゃそうですよね(笑) それで劇場に入って二日目かな、途中まで通してみても、 やっぱり全然おもしろくない。 それで、「すいません、ちょっと変えたいです、全部。 でもどう変えたらいいかわかんないです。 みんなで話し合いさせてもらえませんか」って。
――
すごい・・・。
杉原
リハーサルをストップして、元々やりたいことはなんだったのか、 立ち戻ってみようという話になって。 僕が「最終的にお客さんが二人を祝福するような祝祭空間にしたい。 そのために舞台と客席のデザインをしたけれど、 それ以上の効果がどうしたら出せるんだろう?」と話したら、 色々なアイデアが出てくる中で細見さんが出してくれた案にみんなで、 「おっ!」ってなって。「それいいかもね」みたいな。 あの瞬間すごくワクワクしたし面白かった。
――
でもそれ、舞台稽古の時点ですよね? かなりギリギリ・・・。
杉原
そう。初日2日前とかの話。 で、そこから全部、構成演出を考え直して、 照明もほとんど全部吊替えたし、 作ってもらってあった美術も全部とっぱらって、 音ネタも増えたし、一日半くらいで全部つくり替えて、 夜中の3時とか4時まで打合せをして・・・。
――
それができるのは、演出家の人柄ですね。
杉原
いや、もう本当に俳優とスタッフの力ですね。 作品のために動いてくれる、作品のために懸けてくれる。 あのメンバーがいなかったらできていないですから、本当に。 僕の力ではないんです。 で、そんな状況でなんとか初日に漕ぎ着けたんですけど、 明けてみたらすごく評判がよくて、 みんなで「よかったー!!!」って。 でもそこに満足せず、二日目以降も 毎日ちょっとずつ変わっていきました。 とにかく、初演とは似ても似つかないまったく別の作品になりました(笑)

舞台写真(2011年2月KUNIO08『椅子』公演のもの)=写真:清水俊洋
――
そういう出来事って後の作品づくりにおいても 影響を及ぼすような体験だったんではないですか?
杉原
そうですね。 やっぱりその経験があったから、 今は稽古場で自分がやっていることを疑うようになったっていうか、 これはおもしろいんだろうか、って疑問符をもつようになりましたね。 新しいアイデアがでてきても面白くなかったらすぐにやめるし、 それが自分のやりたいことに本当に繋がるかどうかってことを 常に考えて意識してやるようになりました。 あのときは、久しぶりにKUNIOで既存戯曲の演出をやったんですよ。 その前はワークショップ公演が多かったり、 木ノ下歌舞伎※では、監修の木ノ下君との共同作業だし、 久しぶりに一人で戯曲の演出をしたから、 ペースを掴むのに時間がかかっちゃったって いうのもあると思うんですよね… それでも岩下さんと細見さんも、コージ(山崎皓司)も、 スタッフさんも最後まで諦めないで付き合ってくれた。 ホントに、マジで迷惑かけまくっちゃいなしたからね。
※歴史的な文脈を踏まえた上で現行の歌舞伎にとらわれず 新たな切り口から歌舞伎の演目を上演する、木ノ下裕一と杉原邦生による団体。 古典演劇と同時代の舞台芸術がどう相乗作用しうるかを探究し、 新たな古典観と方法論を発信、ムーブメントの惹起を企図する。 あらゆる視点から歌舞伎にアプローチするため、木ノ下裕一が指針を示しながら、 さまざまな演出家による作品を上演するという体制で、 京都を中心に 2006 年より活動を展開している。
――
でも、結果はオーライ。
杉原
結果はよかった。 やっぱり結果が良ければね、みんな救われるっていうか、 どんなに大変だったとしても、やって良かった、楽しかった、 って言ってもらえるし。その一言で僕自身も救われるし。
――
でも、その決断はすごい、ですね。 だってそのままでやろうと思えばできるのに・・・。
杉原
そうなんですよ、できちゃう。 フツーに面白い芝居ですからね『椅子』って。 だけど、どうしても自分に嘘はつけないっていうか。 おもしろくない、とか、違う、って思ったら、 やっぱりそれを正直に言って、みんなに「ごめんなさい」って、 それで変えてもらった方が 作品のため。面白い作品をつくることが僕の仕事だから。
――
そんなKUNIO版『椅子』のファイナル公演が、 3人が出会った場所に戻ってくるんですね。
杉原
そうなんですよね。おもしろいことに。 ここ(京都造形芸術大学)は僕が演劇を学んだ場であり、 岩下さんや細見さんと出会った場ですからね。 なんか運命的なものを感じちゃいますよね。 今回の上演は、2011年の再演バージョンです。 でも今回は最初からプランが決まっているから(笑)、 もっと綿密につくれるので、絶対にパワーアップします。 超楽しいと思います!
――
しっかりつくり込んで
杉原
しっかりつくり込んで、有終の美を飾ろうって思っています。
――
中でも今回はどんな所が作品の魅力ですか?
杉原
演出家としては岩下さんと細見さんのチャーミングさというか、 俳優としての人なつっこさみたいなものをきちんと出したいと思っています。 それがこの作品ではとても重要になってくるので。 特に岩下さんはライフワークで即興ダンスをやってらっしゃって、 その場、その瞬間を楽しむことに長けていらっしゃる。 そういうことが、この作品でやりたいことと この上ないほど合致しているんです。 上演中も見ていて「あっ、2度とないいい瞬間だ」って 思うことがいっぱいある。 そこが見どころですね。本番は毎回、絶対違う。 絶対違うから何度見ても面白いと思います。 このメンバーと、この演出プランでの上演は今回が最後になります。 この作品をつくるキッカケにもなった出会いの場所で 上演させていただく『椅子』ファイナル公演、絶対に見ていただきたいです。 ぜひ、劇場に遊びに来てください!