桂米團治×木ノ下裕一
「古典の型、型破り、そして、、、」

桂米團治さんプロフィール この秋、京都芸術劇場春秋座で、
それぞれの作品を上演する
桂米團治さん、
木ノ下裕一さん(木ノ下歌舞伎主宰)に
対談していただきました!
オペラを落語に、歌舞伎を現代演劇にと
古典作品に対して
それぞれのスタンスから
斬新なアプローチを仕掛けるお二人。
子供のころから米朝一門のファンで、
古い情報にも詳しい木ノ下さんに
米團治さんもびっくり。
古典芸能の型を身につける事の難しさ、はたまた型を破るという事とは。
さらには教育問題まで!?
博識なお二人のお話には
古典芸能を楽しむヒントが
たくさん詰まっています!
木ノ下裕一さんプロフィール

子供の頃からファンでして

――
木ノ下さんは米朝一門の方々のことをよくご存知だそうですね。
木ノ下
子供のころからファンでして。本当に。
米團治
ずっと京都にいらっしゃるんですか?
木ノ下
フォルテの落語会
和歌山音楽愛好会フォルテ 主催による落語会
生まれも育ちも和歌山市なんですよ。 今もあると思いますけど、私の子供時代、 和歌山でフォルテの落語会っていうのが 年に数回ありましたよね。
米團治
あぁ~!
木ノ下
あれは、本当に毎回行っていました。
米團治
米朝が昔から行っていて、吉朝兄さんもずっと行っていてね。
木ノ下
枝雀師匠や南光師匠もね。 まだ小米朝さんとおっしゃっていた 米團治師匠も毎年いらして。 私も小学校3年生ぐらいの時から聴きに行っていました。 木ノ下 ですから私が伝統芸能に興味を持ったきっかけは 米朝一門のみなさんの落語なんです。
米團治
ありがとうございます。 いやいやいや。 ご両親が落語に興味があったとか?
木ノ下
繁昌亭(天満天神繁昌亭)
大阪市北区天神橋にある上方落語 唯一の落語専門の定席。
いえいえ、親は全く古典芸能に興味がなくて。 でも「行きたい!」といえば、連れていってくれました。 でも、あの頃って和歌山では落語が盛んで、 まだ繁昌亭の恩田支配人が和歌山にいらして
米團治
あぁ、和歌山放送にいらしたんですよね。
木ノ下
恩田さんとは偶然ご近所だったので、 落語の本なんかもいただいたりしました。 だから恩田さんが制作されていたラジオの落語番組や、 地域寄席みたいなのも沢山ありまして、
米團治
ああ、ありました、ありました。
木ノ下
でも、やっぱり僕にとっては、 フォルテの落語会が決定的ですね。
米團治
最初は米朝独演会だったんですか?
木ノ下
そうですね。米團治師匠との親子会とか。 米朝一門の方の落語を聞いて感動したんです。
米團治
どこが、どう良かったんですか?
木ノ下
米朝師匠は、埋もれてしまったネタを復活させたり、 既存の古典落語にご自分で工夫を凝らしたり、 作り変えたりなされているでしょう。 でも、それがすごく自然で、 云われなきゃ、それが米朝師匠の工夫だと 気が付かないものも多い。 一般的に「新作落語は現代的で、古典落語は伝統的なもの」 っていう認識があると思うんですけど、 米朝師匠のお作りになった落語はそうじゃない。 非常に現代的なテーマを持っていながら、 同時に上方情緒とか、江戸期の季節感とか、 強い古典性も持っている。 単に新作落語だけが、現代的なのではなく、 〈古典の現代性〉というのは、 古典の中に紡ぎだしていくものなんだということに、 衝撃を受けました。 米朝師匠には、古典に向い合う際の 〈基本姿勢〉を教えていただいたと思っています。 このことは今も肝に銘じてます。 そして、いろいろな方が同じ演目をなされても、 やっぱりみなさん味わいが違うんですよね。 だから落語って面白い。
米團治
多様性もあり、そして普遍性もありますよね。
木ノ下
はい。 米團治師匠の落語は語弊があるかもしれないのですが、 古典とすごく遊んでいらっしゃる気がするんですね。
米團治
あははは
木ノ下
「古典って楽しいな!」っていう感じが、 こちら側に見えてくるんです。 印象に残っているものとしては 『稽古屋』や『掛取り』『七段目』とか。 古典の中でどう遊べるか。 古典って楽しいという感覚を受けます。
米團治
そこまで言っていただけたら、本当に嬉しいですね。
木ノ下
ウキウキするというか。 米朝師匠の落語は、大学の講義のようなマクラから始まって、本当に、
米團治
授業を受けているみたいな
木ノ下
はい(笑)。でも、それはそれで素晴らしくて圧倒されます。 そういった様に米朝師匠と米團治師匠の落語でも こんなに違うんだという、
米團治
それは、今おっしゃった多様性ですよね。
木ノ下
はい。本当に楽しいなって思いました。

解説書なしにオペラや歌舞伎を

――
お二方ともこの秋に春秋座での上演が控えていますね。
米團治
今度、僕が春秋座でやる「おぺらくご」ですが 元々はオペラを解説書なしに観られないかなって思ったんです。 落語は解説書なしに聴けるんですよね。 小学校の子供から聞ける。 みんなが座って楽しめる。 じゃあ、このスタイルでオペラをやったらいいだろうと思って、 オペラの本を読みあさり、 結局、こういう話なんだという事がわかる ストーリーの骨子を作って、それをまず落語にしました。 そして、その落語にピアノやオーケストラや歌などを ちょっと入れて作ったんです。 「木ノ下歌舞伎」は、やはりそういう気持ちから スタートしたんですか?
木ノ下
はい。でも、今のお話、とても興味深いですね。 落語って何も読まなくても、予習していかなくても、 話を知らなくても楽しめますもんね。 しかも、お年寄りと子供では面白がる箇所は違ったとしても、 やっぱり両者が楽しめる。他の古典芸能よりもバリアフリー。 そして、それが他の古典芸能の 解説書にもなっているわけですよね。 やっぱり落語の『七段目』を聞いたら 歌舞伎の『仮名手本忠臣蔵』を観たいと思いますから。 落語を聞いているうちに、楽しみながら、 歌舞伎や文楽、能狂言などの他の 古典芸能を観るための基礎が 作られていきますね。自分もそうでしたから、 あぁ、なるほどと思って。
   
三人吉三(三人吉三廓初買)
歌舞伎の代表的な作品の一つ。 初演より後に一部の筋を省略し 『三人吉三巴白浪』という外題で再演。 (吉原遊郭を舞台にした部分を省略)。 主な登場人物は、元は僧だった和尚吉三、 女として育てられたため女装で登場する お嬢吉三、元旗本の御曹司お坊吉三の3人。
僕もやっぱり歌舞伎や日本の古典というものを 解説書なしに楽しむ方法はないかなと思ったんです。 僕ら木ノ下歌舞伎が作る作品は、 今度の『三人吉三』も含めて、 古典そのままではなくて、 古典の歌舞伎をどう現代劇に作り直すか という舞台ですけれども、 歌舞伎を全く知らない、観たことがない人でも、 1回目観ただけでちゃんと理解できて 楽しむことができるものをいつも目指してます。
   
くどき
主に歌舞伎では、女性が自分の心情を 音曲にのせて切々と訴える場面をいう。
その上で、本家の歌舞伎を観てみたいって お客さんに思ってもらったら本望であるのと同時に 超歌舞伎ファン、歌舞伎に詳しい人も 納得させるような新解釈も入れたい。 同時に両方のお客さんをすくい取れないかということを いつも考えています。 米團治 だから音楽はラップ調のものを入れたりとか。 木ノ下 ハハハ。そうですね 「くどき」のところは、ラップにしたりとか。 でも、「くどき」ってそういうことですよね。 音楽と肉体が交互することによって情感を増幅させていく。 その構造は元の歌舞伎と一緒なんですけれども。
米團治
鮓屋
歌舞伎の演目『義経千本桜』三段目「鮓屋」の段のこと。 2012年に木ノ下歌舞伎は春秋座で上演している。 演出:杉原邦生
僕もまだ、「木ノ下歌舞伎」を生で、 ちゃんと観ていないんですが VTRをチラッと観て思ったのは、 新解釈でなかなか面白いなって思いました。 ただ一つ、提案というか注文というか。 あそこまでカジュアルで海水浴にでも行くような服装で お寿司屋にスッと入っていく雰囲気を作ったんだったら、 セリフも、もっと現代ではアカンのかなぁ。 木ノ下 なるほど、なるほど。 『鮓屋』のことですよね。 あの作品では、ほぼ歌舞伎の言葉のままにしたんですけれども、 他の作品では現代の言葉に代えたりしているんです。 あの作品に関しては、 服装と言葉のギャップという見え方と面白さ、 それと本心を露呈する時だけ、 とても若者っぽい現代口語の言葉に そこだけ変えているんですね、 最後、平維盛が独白するところとかですね。
米團治
あぁ~なるほど。僕はね、 むしろその逆をやってみたらどうかなと思って。 いわゆる、ここが歌舞伎ですよ、 ここから歌舞伎ですよというシーンが いくつかあると思うんだけれど、そこだけカブいて、 後は普通のセリフでやったら面白いんじゃないかなって。 そっちを観てみたいと思いました。逆のね。
木ノ下
なるほど、それも考えられますよね。
米團治
でも、あれを作るには相当、歌舞伎の本を読んで 練り込まないとできませんよね。 どのぐらいかかりました?
木ノ下
準備は1年がかりですね。 台本を作るのも大変で、まず演目研究から始めます。 初演から現代までの歴史を洗い直して、 色々な方がなさった型(バリエーション)を集めて、 今回、上演するのには、 どれが一番良いかを選んで切り貼りして、 時には書き換えたりしつつ、一本の台本を作るんです。
米團治
台本だけで1年か、 それが洗練されていくのに10年はかかりますもんね。 「おぺらくご」も20年近くやっていますが、 1本が熟成するのに5年、10年かかりましたもんね。 「木ノ下歌舞伎」は立ちあげから、どのぐらいですか?
木ノ下
2006年に立ち上げしたので、今年で8年です。
米團治
じゃあまもなく10年、ほぼ熟成の域ですよね。 すごいなぁ。
木ノ下
いや、熟成なんてまだまだ(笑)。
米團治
これからどうしはるんですか?
木ノ下
でも、やっぱり、ゆくゆくは伝統芸能の方へ 斬り込んでいきたいですね。 今は現代劇の演出家や俳優さんと一緒に 古典にどのような現代的な切り口があるかを実験していますが、 いつかはそのノウハウを生かして 古典の芸能家と一緒に創作をやってみたいですね。 新しい古典を。

型と型破り

米團治
ところで「木ノ下歌舞伎」をやっている若い子たちは、 歌舞伎を観ているんですか?
木ノ下
いや、ほとんどの俳優さんはあまり観ていないんですよね。 木ノ下歌舞伎に参加するまでは。
米團治
吉永みち子
ノンフィクション作家。 元競馬新聞記者。 1977年に騎手(当時)の吉永正人と結婚(後に離婚)。
それが問題なんですよね。 先日、ノンフィクション作家の吉永みち子さんと おしゃべりしたんですけれども、 吉永さんは「女のくせに男の仕事の畑に入って」と、 よく言われた人ですよね。 そして、ひょんなことから競馬の騎手と結婚されたのですが、 吉永さんが言うには 「こうでなかったらダメっていう形(型)って あるじゃないですか。 例えば主婦になったら洗濯もし、買い物もし、 ご飯も作ってって、どうしてしなくちゃならないの?」 と、思って離婚したそうです。 それが離婚したら、かえって元旦那が家に遊びに来たり 彼に料理を作ったりしたっていうんです。 だから「あぁなるほど、囲いが無い方がいいんですよね、 型にとらわれないで」って言ったら、 「違う。最初は型が必要なの!」って。 「型があるから、最初はそこに向けて模倣で行くの」って。 今の若い子たちは、その型無し、基準なしで行くから、 後になって結局、何をしているのかが分からなくなる。
木ノ下
ブレちゃう。
米團治
いや、ブレているかどうかもわからない。 やっぱり歌舞伎という型にあてはめて、 それを追及して「あ、この型いらんわっ」てなったら、 「あぁ、今まで何にとらわれていたんだろう。型にとらわれて。 この魂持っていたらいけるやん」ってなります。 でも最初から型が無い中で教えられた子は、 今、自分がどこに居てるのか分からん。 多分、「木ノ下歌舞伎」の次からの課題は、 その若い子たちに徹底的に 歌舞伎の型を仕込ますことだと思います。
木ノ下
本当にそうなんです。 ただ嬉しいことに、「木ノ下歌舞伎」に参加すると、 「歌舞伎って面白いですね!」と言ってくれる 俳優さんはたくさんいます。 とにかく稽古初日に、今からやる演目の 歌舞伎版のDVDを観てもらうんですね。 個人差はありますけど、はじめはそんなに反応は良くないんです。 居眠りしちゃう俳優さんもいたり。(笑) 杉原演出に限っては、次に白い紙を配って、 一言一句、セリフを写していきます。 DVDを三秒ぐらいずつで止めて、 「はい、今、なんて言ったでしょう」とやる。 大体、みんな分からないですよね。聞き取れない。 それを僕や演出家が解説していく。 英語のリスニングみたいなものですね。 3時間の演目だったら2日間ぐらいかけて 全部書き取りをするんです。 そして稽古期間の半分を使って 全員に歌舞伎のセリフ回しや型の完全コピーをしてもらう。 3カ月の稽古期間なら1か月半それにかける。 米團治 それは浴衣で?
木ノ下
はい。小道具も持って。 それを「違う」とか「こうじゃない」とか 様式的に見える演技でも実はこういう 心理的な必然があってやっているんだとか、 演出である杉原や僕が解説しながら完全コピーして、 全部通しできるようになってから、 いざ、壊しましょうって。
米團治
やってはるんや。えらいなあ。
木ノ下
そうやって実際やってみると、 様式的な歌舞伎の型の裏にある根拠とか、 案外リアリズムな思考で作られていることとかが わかるんですね。 でも、どんなに頑張ってもDVDのようにはできないんです。 子供の頃からやっている歌舞伎俳優にはかなわない。 どんなにマネしようとしても、やっぱりどこか違う。 歌舞伎の完全コピーの時間は、僕たちはこんなにも洗練された、 役者の身体に浸み込んだ芸に対して 立ち向かっていかなくてはならないんだって みんなで絶望する時間でもあります。
米團治
でも絶望させるといけないからねえ。 それこそ春秋座に関わっている歌舞伎役者さんに 本当についたらどうですかね?
木ノ下
勧進帳
代々の團十郎が得意とした「荒事」の芸を 中心に制定した『歌舞伎十八番』の内の1つ。 能の『安宅』の影響を受けて作られた「松羽目物」の作品。
演技指導ですか?
米團治
一つ歌舞伎を上演する。 『勧進帳』をね、かつて米朝一門でやったことがあるんです。
木ノ下
存じております。
米團治
あれは一門、どれだけ勉強になったか。 富樫についている番卒でも、じーっと座っていて、 小道具出すタイミング一つ間違えてもだめだし。 囃子方が並んで「ヨーホー」ってやっている中に出ていく このすごさね。これが僕は歌舞伎だと思うのね。 歌舞伎は、この音楽の上に成り立っているんだってことを 感じるには、1年かけて稽古しないとだめですよね。
   
三津五郎=坂東三津五郎
十代目 坂東三津五郎。1956年‐。歌舞伎俳優。

正蔵=林家 正蔵
当代は9代目。江戸・東京の落語家の名跡。

三平=林家 三平
当代は2代目。江戸・東京の落語家の名跡。兄は正蔵。
僕の場合は、そういった歌舞伎の舞台に立つ機会が 何回かあったんだけれど、 ある時、三津五郎さんがやろうって言ってくださって、 その時は僕が富樫で、正蔵が弁慶で 当時は、いっ平、今の三平
木ノ下
義経で。銀座でなさったものですね。
米團治
ええ。初めは皆、なんにもできなくてね。 それでも1か月もやっていると、なんとか型ができてきて 舞台当日は顔師さんに顔を作ってもらって衣装も着てね。 本物を体験させる。 そういうことを1回でも体験できるのは 春秋座ぐらいじゃないのかな?
木ノ下
歌舞伎との関係も密接ですもんね。 『勧進帳』は、木ノ下歌舞伎でも1回やったんですけれど、 様式美に見えて、あれはすごく合理的にできてますよね。 ここで一度、足を引くのは次の動きのためだとか、 ここで一度弁慶が横を向くのは 義経を気にかけているからだ、とか やってみると全部わかるんですよね。
米團治
そう。あれ一つやったらね。 富樫と弁慶の情感が通じているっていうのも分かるし、 花道とか舞台機構を全部使うからね。 長唄があるからこそできるんだっていうのも分かるしね。
木ノ下
あれは観ているだけでは分かりませんね。 やってみないと。 思った以上に合理的にできていて目から鱗でした。
米團治
それをやらせてみたらどうですか? 落語家も芝居噺をやる上で鼓を習ったり、 個人個人で皆そういったお稽古に行ったりするんですね。 落語っていうのは、歌舞伎音楽の上にあるんですよって 無意識の中で体感する。 その型を一通り、2年か3年やっていると、 いつしか、枠をとっぱらっちゃって、 ラフな格好や長靴履いてでもできちゃう。 でも、いきなりそれをやると、 やっぱり演じている人たちが 今、何をやっているのか?ってなっちゃう。 分かってやっているのと、 分からずにやっているのでは全然違う。深みが違う。 分かったらもっと遊べる。 「木ノ下歌舞伎」の役者さんの中には 自分がどこまで遊べるのか、 まだ分からない人たちもいると思う。 本日は、それを提案しに来ました(笑)。
木ノ下
謹んでお受けいたします。
米團治
受けてくださいますか?(笑)
木ノ下
六代目笑福亭松鶴師匠が 大星由良之助をやった
歌舞伎の有名な演目 『仮名手本忠臣蔵』のこと。
あ、今、ふと思いだしましたが、 六代目笑福亭松鶴師匠が大星由良之助をやった のありましたね、昔。
米團治
うわー、それは、あんた、まだ産まれてへんのとちゃう?
木ノ下
はい。産まれてなかったんですが、映像で観ました。
米團治
朝日放送でね。
木ノ下
ええ、米團治師匠は大星力弥されていましたよね。 判官が米朝師匠でね。
米團治
うわー、逆襲に来ましたね。よう知ってるなあ(笑)。 それこそ僕が、なんにも分からん時にやってたやつを。
木ノ下
はい。映像で拝見しております。
米團治
なんにも分からんうちに顔を塗られてねえ(笑)。

落語の技術とは

木ノ下
僕は現代劇の俳優さんにも 落語の技術は必要じゃないかなと思っているんです。 言葉と所作だけであれだけの世界を描きだすって、すごい技術。
米團治
落語の技術「も」ぐらいにしといたらどうですか?  なんでかゆうと、落語家は芝居ができないんです。 全部自分のセリフになるし、 座ってやるから立って演技ができない。 僕も映画とかドラマを初めてやったときは、 ぜんぜん歩けなかった。 そこまで歩きながらセリフを言うことができなかったんです。
   
だから落語の型というのは座布団の上でやれる芸ですよ。 座布団に座るという制約の中で上半身だけでやる。 だからこそ瞬間にパッパッと変わることができる。 桂枝雀さんがよう、ゆうてはりましたけれど、 「おい」「なんや」って0.1秒ぐらいで 瞬間的に人物を変えることができるのは、 正座しているからこそ。 これを立ってやっていると、これはやっぱりおかしい。 時間的にズレがある。 瞬間的にパッパッとできるのは、 正座という制約があるからこそ生まれたやり方じゃないかと。 だから落語も勉強の一部であるけれど、 やっぱり演劇には、落語にはとても及ばない 深みがあると思います。
木ノ下
でも、地(ナレーション)の部分もありますよね。 演技をしていて、パッと地の部分になって情景描写が入って、 また演技に入って、ってね。その語りの技術はやっぱりすごい。 米團治 ええ、もう、落語の勝手な部分ですね(笑)。 本当に融通が効くといいますか。 自分勝手といいますか(笑)。
木ノ下
でも、あれも型があるから自由というか。 手ぬぐいと扇子しかない、という中でやるから。
米團治
制約があるからこそ広がりがあるということを 若い人たちにも感じてほしいですね。 若い時、10代か、20代の初めのうちに、 1回でいいから体験した方がいいと思います。 僕は中学校3年生の時に 茂山千之丞さんに狂言を習っていたんですよ。 その頃は大阪まで素人相手の教室に出稽古をしてくださって 京都の人が大阪へ来るという屈辱も顧みず(笑)
木ノ下
しかも狂言師が(笑)。
米團治
大阪のお寺の太融寺の本坊で、
木ノ下
落語会の本拠地のようなところで(笑)
米團治
ええ。2週間に1回だったかな、 それで1年かけて一つの演目を上演する。
木ノ下
同じ演目をずーっと1年かけて。
米團治
僕の時は『舟船(ふねふな)』という演目でした。

学校教育でちゃんと古典を

木ノ下
僕、日本の教育も問題だと思うんですよ。 こういう仕事を始めて思ったんですけれども、 日本の小学校の音楽室ってよくよく考えれば変ですよね。 教室に貼ってある肖像画がほとんど、外国人なんですよ。 バッハとかベートーヴェンとかチャイコフスキーとか。 で、そんな中に、申し訳程度にいる日本人は、 瀧廉太郎と山田耕作ですから。 でも、あの二人も西洋音楽を日本に取り入れた人なんですよね。 だからそこには、地唄の富崎春昇もいなければ 義太夫の古靭(こうつぼ)太夫もいないんです。 すごく屈折していると思う。 あれを不思議に思わなかったのも変ですよね。
米團治
日本の音楽教育っていうのはね、 明治維新の時に音楽取調掛っていうのがあってね。 美術部門ではフェノロサが浮世絵を大絶賛しましたが、 伊沢修二音楽取調掛はアメリカから メーソンっていう人を呼んだんですよ。 すると、彼は「日本の音楽は下品で野蛮な音だ」と 本国に向かって報告した。 それで、三味線ものが学校教育から外されたんですよね。
木ノ下
日本の古典音楽もちゃんと教えるべきだと思うんですよ。 西洋のものを日本人が体得するって ある種のねじれっていうか、 体格も文化も違うものを自分なりに消化していくって、 結構、大変な作業じゃないですか。 その前に、まず日本のものを、 どう自分達の土台にするってことから 学ぶべきじゃないかと思うんです。
米團治
全く、おっしゃるとおりですよ。 文部科学省大臣になっていただけませんか(笑)。

「三人吉三」という古典

――
ところで今度の『三人吉三』はどういうコンセプトで?
木ノ下
黙阿弥の作品は、 いわゆる様式美と言われていますよね。 セリフも七五調で、「月も朧に白魚の 篝も霞む春の空」 なんてとても美しい。 でも、それだけじゃないと思うんです。 もっとドラマを重視した 黙阿弥ができないかなと思っていますね。 黙阿弥は歌舞伎の王道みたいに言われていますけれど、 彼が活躍したのは幕末から明治。歌舞伎の歴史から見たら 比較的新しい作家なんですね。 だからいわゆる伝統的な歌舞伎作家というよりも、 歌舞伎を古典化しようとした人だと思うんです。 明治になって、西洋の文化とか概念が入ってきて、 歌舞伎の立ち位置も変わっていく。 歌舞伎が「同時代演劇」から 「伝統演劇」になりつつある過渡期に、 「歌舞伎的な様式とはこういうものだ」ということを 意識的にやった人ではないかなと思っていて、
米團治
なるほど。それに、あえてちょいと反旗を翻して。
木ノ下
はい。 すごいなと思ったのは 名文と呼ばれている黙阿弥の台詞って ローマ字で起こしてみたら、箇所によっては 母音までちゃんと合っているんですよね。 すごく細かいレベルで合わせていて、 日本の伝統というよりも、 むしろシェイクスピアの芝居とかに 割と近い韻の踏み方なんじゃないかなと思いました。 だからその辺を、どのように現代語化することができるのか、 またはできないのか、をいろいろと実験したいですね。 セリフも含めて、黙阿弥の作った様式を どう崩すことができるかが肝ですね。 今回の舞台は4時間半あるんです。
米團治
4時間半…? 歌舞伎より長いよ。
木ノ下
『三人吉三』って現行歌舞伎では 「三人の吉三郎」にまつわるの部分し か上演されませんが、実は、もう半分、 「廓話」と呼ばれる部分もあって…
米團治
つまりその部分も含めて通しで?
木ノ下
はい。通しで。『三人吉三』は、 井伊直弼が桜田門外の変で死んだ年に初演されているので、 いよいよ幕末の動乱が本格化していく頃ですよね。 江戸が滅びはじめるという時代性と これまでの江戸幕府のやり方や幕藩体制という システムに無理が出始めるという状況が ある意味、現代の社会とリンクするなあって思うんですね。
米團治
なるほど。
木ノ下
今後、日本が滅びるかは分かりませんけれども、 とくに震災以降 今までの方法じゃ突破できない色々な問題が出てきていて、 そのことも含めて、ただ様式美だけの黙阿弥じゃなくて、 時代の変遷の中で人はどう生きられるのかってことを ちゃんと描いた黙阿弥ってものに肉迫していければ と思っています。
米團治
楽しみですねえ。でも行けるかなあ・・・ あ、その日仕事入ってるわ。
木ノ下
リハーサルでも結構ですので! 来年も『黒塚』という比較的短い作品を京都でもやるので。 ぜひ。

春秋座の印象

――
何度か春秋座にお越しいただいておりますが、春秋座の印象はいかがですか?
米團治
猿翁さん、前の猿之助さんの思いが たっぷり詰まった劇場ですので、 その舞台機構をフルに使って上演したいなと 僕は思っています。
木ノ下
歌舞伎が上演できる劇場だっていうのは大きいですよね。 たとえば、ブラックボックス型の劇場など 現代劇がよく上演される劇場とは、 空間の意味性が全く違いますよね、 花道や回り舞台など舞台の機構と、 演技・演出が密接じゃないですか。 俳優の立ち位置にしても、 下手(しもて)なのか上手(かみて)なのかで 全く意味が違ってくる。 その辺の空間の法則性を鑑みた上で、 批評的に使いたいなと思いますね。 ある時は踏襲し、ある時はあえて無視したり、逆手に取ったり。 ちゃんと踏まえて使いたいですね。 それと春秋座は劇場としては見やすいですよね。 1階席からも2階席からも舞台が近いですし、 客席も贅沢に作っていてゆったりしていますし。 大阪の中座って、こんな感じだったんですか?
米團治
あぁ~知らないんですか? 良かったですよ(笑) 僕ね、今の劇場に共通して悪いところは 2階席を上に作りすぎちゃっているところだと思うんです。
木ノ下
見降ろしちゃっていますもんね。
米團治
南座も春秋座も2階席の一番前って、 天皇陛下がお越しになって座られるような、 最も見やすい位置なんです。 ところが今、なんや知らないけれど 2階がどんどん上に上がっている。 これは何でやと訊いたら、照明器具とかなんとか 舞台装置の兼ね合いでとか言わはる。 おかしいでしょ? そんなところに照明吊れへんはず。
――
木ノ下さんにお伺いしますが、本日、憧れの米團治さんにお会いして、いかがでしたか?
木ノ下
僭越ながらですが、やっぱり古典に立ち向かわれている方は 強いなという印象ですね。 まず、型というものがあった上で成り立つというところ。 僕ら現代演劇は、どうしても「現代」を扱うことになるので、 いかに新しいことをするかっていうこと日々考えます。 でも過剰にそれのみを追い求めていると、 自分たちのいま立っている足元が 見えなくなってしまうこともあるし、 「新しさ」と「目新しさ」をはき違えかねない。 でも型がある古典は、先人が作ってきたものを まず、クリアし、その上で自分がしたいこと、 オリジナルなのもを構築するんだという、 道筋の明確さがある。 だから「おぺらくご」をなさっても、 落語の型をある時は武器にしたり、また破ったりしながら、 ちゃんと構築されているんだなと思いました。その強さを、 改めて今日、感じました。
――
師匠に。色々お話くださいましたが、今後の活躍と言うことで 木ノ下さんに何かお言葉をいただけるとしたら、いかがでしょう。
米團治
よく勉強されていて、頭が下がる思いです。 落語も歌舞伎も観られて、 ここまで研究されている方はいないです。 先日、別の春秋座でのインタビューで 「型破りと型無し」について質問されましたが、 その時に「そんな型破りって意識なくやっていますよ。 落語は融通の効く芸ですから」ってお答えしたんですが、 今、おしゃべりしているうちに、落語にも型があって、 知らず知らずの間にそれを破っているのかなと思いました。 でも舞台に出る時は型破りとか、 型無しっていう気持ちは全くないんですよ。 でも、何かを作っていく中で、 お稽古の中でと言った方がいいのかな。 何かの土台になる型っていうのが あった方がいいのかなと思います。 木ノ下歌舞伎と名前を付けられた以上は、 土台を歌舞伎にされて、木ノ下歌舞伎に携わる役者さん全員が 歌舞伎を経験されたら、もっと深いもので、 もっと遊び心のある劇団になる気がいたします。
木ノ下
ありがとうございます。