加藤健一事務所 VOL.80 音楽劇 『詩人の恋』インタビュー

ハインリヒ・ハイネの「歌の本」の詩と、
シューマンの甘く切ないメロディー。
人種や政治、歴史、芸術などシリアスな話題を含みながら
2人の芸術家の魂がぶつかり合う―。
ミュージカルでもオペラでもない、
演劇と音楽のコラボレーション大作。

ストーリー

かつて神童と呼ばれたスティーブン(畠中洋)は、音楽の壁に突き当たりピアノが弾けなくなりクラシック伴奏者への転向を考え、ウィーンのシラー教授のもとにやって来る。しかし彼に紹介されたのは、ピアノは下手くそで、声楽家としても峠を過ぎたマシュカン教授(加藤健一)。ピアニストであるスティーブンに、マシュカンは、シューマンの連作歌曲「詩人の恋」を全編歌いこなすことを課題とする。“ピアニストが何故、歌を?!”と強く反発するスティーブンだが、嫌々ながらも歌のレッスンを始める。マシュカンの反ユダヤとも思える発言や個性的な考えに全く理解をしめさないスティーブンだが、マシュカンの熱い音楽への愛に次第に自らの音楽の心をつかみ、互いに閉ざしていた心を開いていく。ある日、スティーブンはユダヤ人であることを告白し、第二次世界大戦中にユダヤ人強制収容所が多く存在したダッハウに向かう。しかし収容所の跡には、白く美しく塗られた建物とドイツ語で書かれた説明文があるだけ。「修復じゃない隠蔽だ」とスティーブンは怒りに震える。そしてその経験と怒りをマシュカンにぶつけた日、マシュカンの秘められていた過去があきらかになり…

プロフィール

加藤健一(マシュカン教授役)

1980年に一人芝居「審判」上演のため、加藤健一事務所を設立。以来、英米のウェルメイドプレイを中心に数多くの作品を発表し続け、多くの演劇賞を受賞。平成19年度秋には紫綬褒章を受章し、2010年には加藤健一事務所創立30周年を迎えた。俳優としての活躍に加えて演出家としても評価を得る傍ら、全公演をプロデュースし、その戯曲を選ぶ力も注目されている。「詩人の恋」の役作りで取り組む声楽は、2003年の初演以来今もなお続けており、その実力と美声はプロをもうならせている。

畠中洋(スティーブン役)

音楽座を経て、多くのミュージカルやストレートプレイの舞台に出演。「詩人の恋」では、加藤健一のベストパートナーとして、2003年2006年2008年と続く公演でスティーブン役を好演。役作りとして、2006年にドイツ・ダッハウを訪れ実際の役と同じ場所を取材し、さらに演技に深みを増した。ほか、加藤健一事務所公演では「バッファローの月」(2004)、「エキスポ」(2006)にも出演している。最近の舞台は「GARANTIDO 生きた証」(2010・TSミュージカルファンデーション)、「太平洋序曲」(2011・神奈川芸術劇場)などに出演。

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―まずは加藤さんのプロフィールから。
加藤さんといえば長年、つかこうへいさんの劇団に客演されていた時、
1980年に加藤健一事務所を立ち上げたんですね。
加藤
もう31年前のことになりますね。
小沢昭一さん、ラジオを聴いていると『小沢昭一的こころ』っていう
番組を長いことやっておられますけれども、
あの方の劇団「俳優小劇場」の養成所に
19歳の時に入れていただいたのです。
でも劇団は私が2年の時に解散してしまって。
それで21歳の時に自分の劇団「新芸」を作ったんですよ。

で、最初に上演したのが、つかこうへいさんの本で『熱海殺人事件』。
それが当たったものですから、
何本もつかこうへいさんの作品をやっているうちに、
つかさん自身とも面識ができて、
見に来てくださるようになったんですね。
それから数年後に、ご自分の劇団で
『熱海殺人事件』を初演なさったんです。

それまでご自身は書いたっきりで、上演したことはなかったんですね。
それで初演される時に、僕はもう自分の劇団で何回もやっているから、
同じ役で出てくれっとなって、それから7年間、
つかさんと一緒にやりました。
24歳の時からかな、31歳の時までやりました。
ほとんどの、つかこうへい作品に出させてもらいましたね。
畠中
21歳で劇団を作るってすごいですねー。
加藤
しかも『熱海殺人事件』は21歳の時だったんですよ。
畠中
すごいですね。
加藤
つかこうへい事務所の客演を沢山していたものですから、
時々、自分の企画でやってみたいなと思って、
『審判』という2時間半ぐらいある一人芝居をやろうと思いまして
それで劇団名を何て名前にするかと言う時に、
めんどうくさいから、「加藤健一事務所」って名付けて上演したんです。

それからすぐ、つかさんが直木賞をおとりになって、
「これからは小説家になる」って劇作家を辞められたんですよね。
それで一旦、つかこうへい事務所は解散しちゃうんです。

そうすると、もう私たち役者は明日から演る場所がないから、
加藤健一事務所というのを存続していこうかなと思いまして。
だから、立ち上げたとかというよりも
加藤健一事務所というのを便宜的に作ってみただけで、
つかこうへい事務所というのが、ずっとあれば、
加藤健一事務所は傍らの存在だったのですが、
つかこうへい事務所がなくなっちゃったから、
そこでやっていくしかなくなってしまったんです。
そこから今に繋がっていくんですけれども、人に歴史ありですね(笑)。
―畠中さんはミュージカルや舞台はもちろん、映画やドラマ、最近では映画『塔の上のラプンツェル』で、自信家でナルシストの美青年、フリン・ライダー役の吹き替えをなさるなど多彩にご活躍中ですが、役者を目指すきっかけとなったのは何だったのですか?
畠中
僕はテレビですね。
出身が山形なんですけれども、すごく感動したテレビドラマがあって、
あ、でも、舞台にも影響されていますね。
芸術鑑賞会ってあるじゃないですか。
高校生の時にそれで、あるお芝居を見て、
それは『女殺油地獄』っていう近松門左衛門のだったのですが、
前から2列目、一番前かな、とにかく、ど真ん中で見ていたんですけれども、
最後の方は舞台が、だんだんヌルヌルしてきちゃって(笑)。
くんずほぐれつの芝居で。
高校生だったからみんなゲラゲラ笑っていたんだけれども、
僕はその、そこになんか圧倒されて。
なんとなくここ(客席)じゃなくて、そっち(舞台)
みたいに思ったんですよ。
それがきっかけといえば、きっかけですね。
あとはテレビドラマを見て、いいなーと思ったり。
―加藤健一事務所は、加藤さんお一人で脚本からキャスティング、演出、照明、美術など全てプロデュースするというユニークな劇団ということでも知られていますが、旗揚げ当時から今のスタイルなのですか?
加藤
そうですね。
一番大変なのは本選びですね。
台本を選んで、役者さんにオファーをして、
それからスタッフさんを集めてという
普通のプロデューサーの仕事をしながら
主演をしているという。

あ、この間ね、ついこの間、加藤健一事務所の100本記念でした。
ですから『詩人の恋』で101本目ですね。
―その脚本を選ぶポイントはあるのですか?
比較的海外のものが多いように思うのですが。
加藤
そうですね、この間やったのは
『滝沢家の内乱』という滝沢馬琴の話で、
日本の江戸時代の話なので、
ちゃんと鬘をかぶってやったんですけれども、

本選びのポイントといっても別になくて
とにかく自分が感動した作品を舞台に上げたいんです。
自分が感動する作品に出会うまで本を読み続けるんですけれども、
年3本やるうちの1本は大体、再演ですので
2本の新作を見つけるまでに200冊ぐらいは読み続けますね。
100本に1本ぐらいは、
すごく感動する作品が見つかると言う感じですね。

それで涙を流しちゃったとか、読んでいて笑っちゃったとか、
鳥肌が立ったとか、大感動した作品を
舞台に上げていくのですけれどね。

『詩人の恋』はものすごく感動したんです。
でも、やらないって。
私は普通のストレートプレイの役者なので、
歌なんてやったことがないのに、
この役はウィーンの声楽の教授という役なんですよ。
ストーリーはものすごく面白いんだけれど、
これは無理と思っていて。
でも、毎年、良い本を探す時にまた読み返したりするんですよね。
一年に何度か読み返して、うーん悔しいなあって思って。
で、ある時、もういいや!って。
歌はちょっと目をつぶってもらってやっちゃおうって思って。
で、一年ぐらいね、声楽の練習をしてそれで舞台に上げちゃったんです。
そうしたらすごく評判は良かったんですけれども、
やっぱり歌は一年ぐらいじゃ全然ダメで。
それから9年以上、私は声楽ずーっと勉強しているんですよ。
今、見てくださるのは9年目の成果です。

畠中さんは、ずーっとミュージカルをやってこられたのに
最初の方では逆に上手くないという設定なので、
下手に歌うのが難しいらしくて(笑)。
ちょっと手を抜くとすぐに上手くなっちゃうのでなんとか下手にという。
前半は下手に歌っていくというね、情熱はあるのだけれど下手という。
―舞台ではピアノも実際に弾かれていますね。
加藤
ピアノも大変なんですよね。
―最初、スティーブンが感情の無いピアノを弾いているのに
後半は感情が籠っていく、というピアノの演技が素晴らしいなと思ったのですが
加藤
畠中さんは音楽畑の人ですからね。
畠中
ハハハ(照れる)。
―『詩人の恋』の戯曲を読まれた時に、
スティーブン役は畠中さんで行こうと決められたのですか?
加藤
そうね、読んだ時というか、上演を決めた時に
畠中さんにしようと思って、すぐに決めました。
音楽座というところでずっとミュージカルをやっていらして、
その舞台を見ていたものですから、
すぐにお願いして、オッケーをいただきました。
畠中
(恐縮する)
加藤
もう、あれから8年になりますね。
この芝居だけじゃないんですよ、出ていただいているのは。
他の芝居も出ていただいているのですけれども
『詩人の恋』はもう8年目のペアですね。
―加藤さんの舞台は生の面白さがあるので、
あえてDVDにはしないと言われていますが、
舞台でかけあいを生でやられていて、
「お、こう来たか」というのはありますか?
加藤
それはね、もう、毎日。
畠中
えぇ。
加藤
ライブですからね。毎日同じってことはないので、毎日違うんですよね。
それがどのぐらい違うかっていうのは、
みなさんイメージしてもらいやすいのは、音楽だと思うんですよね。
歌手が毎日、同じ音符で同じ歌詞を歌うじゃないですか、
でも毎日違うっていう。
それと同じぐらい役者も同じ台詞を言っても違うし、
お客さんのノリで全然違ってきちゃうし、
音楽のライブと本当に同じですね。
みんなが立ちあがると、
まあ芝居の場合は立ち上がられると困るんですけれども(笑)、
カーテンコールだけ立ち上がってほしいなって思うのですが、
拍手とかね、笑いとか、
泣き声とかでやっぱり役者も気持ちが動かされるんですね。
各席から泣き声が聞こえたりすると、
こちらもぐぐっと来ちゃうんで、すごく芝居も変わってきますね。

後編へ続く

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