宇野邦一
『病める舞姫』という本はかなり例外的な書物ですよね。確かに難しい。ときどき、いとも簡単に読んで、とにかく面白かったというような反応にも出会うのですが、何が面白かったかというと、声の調子のようなもので、二世代くらい昔の人の話し方のように響くらしい。しっかり意味をたどろうとすると難しいのは当然で、初めはどうやって読んだらいいかよく分からないという本です。土方さんがまだお元気だった時、本が出た時からもうずっと謎をかけられたような感じで、やがて単行本の後には新書版が出たり、その後には全集が出て、さらにその普及版が出たりして、新しい版が出る度に読み返してきました。
國吉さんは、これがどういう本なのかということを大変、上手にお話されたと思います。田中さんのお話は、僕なりに思想・哲学の文脈で土方さんを読もうとしてきた、という時間がありますので、土方さんの「闇」という話から「病」という問題まで、とても論理的に土方さんの思考の回路がどういうものかを説明されていて大変、面白く聞きました。田中さんはブログという、現代だからこそ可能な形で、『舞踏の欲望』というタイトルの、びっくりするような土方巽論を書かれました、これは近年の快作だと思っています。僕の周りの出版社の方にも、一日も早く本にするようにすすめていますが、ここに出版社の方がおられましたら、どうぞお考えください。
土方巽のことをしゃべろうとすると僕は、たとえ一夜漬けでも、土方の残したテキストの中のどれかを読みなおしてきてお話することにしています。
それで今回僕が読み返してきたのは、全集が2巻ありますけれども、後の方に入っている未発表草稿というものです。全集を出すにあたって、今まで刊行済みのテキストに何を付け加えるかということで編集を担当した方は随分、苦労されたと思うんですけれど、これもじつに読みがいのあるものです。僕はそもそも、詩人とか物書き、あるいはアーティストが、断片的に書き残した言葉を読むことが好きで、それはずーっと続けてきて、僕の中で一つのテーマになっています。カフカの日記だとか、ポルトガルのリスボンで、生きているうちはあまり知られていなかったけど、トランク一杯の原稿を書き残してやがて広く読まれるようになったフェルナンド・ペソアという、不思議に哲学的な、膨大な断章を書き綴った人がいるんですけれど、この人のことなんかも思って、土方さんの「草稿」を読みました。
もちろんこの未発表草稿は、他で土方さんが書いたりしゃべったりしたことと、それほど違っているわけではありません。それでも、やはり土方さんの、あまり見えない顔のようなものですね、一種の祈りというか、そんな表情が見えます。病院の場面なんかも書いてあるので、おそらく癌になってから入院した時期のことも書いてあるように思うんですけれど、死という問題を執拗に考えていますよね。彼は、ある種の演習というか、訓練というか、何かを見つめるための、考えるための訓練をずっと続けてきた、もちろん踊りを考えるための執拗な訓練を、とりわけ言葉で自分に課してきた人だと思うんですね。晩年の探求は、あえて「存在論」というような言葉を使ってみたくなるぐらい、ある種、哲学的に、世界は、身体は、人間はいったいどうなっているのか。死というものをどう自分の中に迎えるか、ということを考えている、僕は「祈りのような」とあえて言いますけれど、そういう思考がこの断片には見えます。
全然注釈などないんですけれども、吉本隆明の『固有時との対話』という、僕らがある時期に一生懸命読んだ詩の一部がポコンと挟まれて、その後に「衰弱体」という言葉が突然出てくる。吉本隆明の詩が繰り返し引用されて「衰弱体」の思索が続くようなところがあります。どうも色々引用があるようなので、どこがほんとうに土方巽の言葉なのか分かり難い。しかし、とにかく大変面白いものです。今日はそれを読んでいるうちに印象に残ったことをお話しようと思うんですが、こういう文章があります。
「仕事って何だ。顔を洗うのにも3日かかる。これが労働だ。」というような。何回もこういう言葉が現れます。顔を洗うのに3日かかる。3日が5日ぐらいになることもある。何度か繰り返していて、何故かとても気になるんですよね。
今日は当然ながら、土方さんに話が集中すると思ったから、ちょっと他の話もしようと思います。イタリアの思想家でアントニオ・ネグリという去年、日本に来ようとして拒まれた、今ではかなり大物の現代の思想家のひとりといっていいと思いますけれど、この人は、根っからのマルクス主義者で、政治思想をテーマにする人だろうと思われている。マイケル・ハートというアメリカの学者と共著で『帝国』という、現代の資本主義とグロヴァリゼーションを分析する重要な本を出しました。しかしネグリという人はそれ以上に奥行きの深い思想的背景を持っている人で、イタリアの思想史だけでなく、ローマからルネサンスそして現代にいたるヨーロッパの思想史というものを、また政治的抗争の軌跡を、自分の心身で呼吸している、そういうイタリア人のように思います。特に彼が獄中で書いた本がみんな素晴らしいんです。その中の一つに旧約聖書の「ヨブ記」について書いた本があります。わりと小さな本で、『ヨブ 奴隷の力』という。
この本で「労働というものはすでに価値ではない。問いとなった」とネグりは書いている。労働を価値として論ずるということは、いわば経済学の伝統で、マルクスもそれを徹底し革新して、資本主義の正体を暴こうとしたわけですが、「労働は問いとなった」とネグりはいう。僕の頭で、それが土方さんの「これが労働だ」という言葉と結びつくわけです。たったそれだけの結びつきなんですけれども。
旧約聖書のヨブという人物は、非常に高潔、敬謙な人で、子供にも恵まれ幸せに生きている。そこで悪魔が神様に、ヨブがあんなに敬謙で高潔なのは、なんといっても幸せに生きているからじゃないか。一度、彼からすべてを奪ってみて、それでもヨブは神様を信じられるか、高潔でありえるか。試してみたらどうだという悪魔のささやきを、なんと神様は聞き届けて、ヨブをひどい目にあわせるわけですね。ただしヨブの命だけは奪わないんです。全てを奪い、ヨブを病気にし、体を出来物だらけにする。それでもヨブは、耐えるわけですよね。深く嘆き悲しむわけだけれども、信仰を捨てるところまではいかないわけです。そういうまったく不条理な試練の物語なんですけれども、ネグリは「ヨブ記」を読みなおして、いわゆる応報的価値、何々をしたからこれこれの報いがある、悪いことをしたから罰を受ける、よい行いは報われるという、応報的な価値の世界が、「ヨブ記」の中ではふっとんでしまったんだという。そういう応報的モデルの無い混沌の中にヨブは投げ込まれたというわけです。そこで、ヨブ的な倫理っていうのは、応報的モデルを支える共通の尺度が一切無い世界の倫理であり、そこから創造が始まるということです。ちょっと飛躍しているようですが、「労働はもう価値ではなくなった、問いとなった。」というわけです。価値をはかる共通の基準がない世界での労働は、それでも何かを生み出し、創造する。
「顔を洗うのにも3日かかる。これが労働だ。」と書いた土方巽は、そういう労働のことを言っているのではないか。
土方さんに出会った頃、「舞踏、奇妙なポトラッチ」という文章を書いたことがあります。(『ユリイカ』第15巻、第11号、青土社、1983年11月、pp. 72-81)これはある種のダンス論であり、土方さんのことにも触れています。土方さんがまだお元気な時に書いたもので、土方さんへのオマージュ、感謝の表現でもありました。
ポトラッチとは人類学でいう、ほとんど一方的な贈与に当たる行為です。人類学ではよく知られていることで、時々、周期的にお祭り状態で全部自分の持っているものを共同体の成員に贈与してしまうわけです。部族の権力者が自分の富を全部吐き出してしまう。そういうことをときどき繰り返すわけです。長い時間で見ると、その富は還流してくるわけで、これもある種の交換の形態といえばそうにちがいないんですが、そういうまったく不均衡な交換形態をダンスの問題として僕は考えてみたくなったんですね。ダンスというものはそういうポトラッチみたいなものではないか。ある意味、単純な人類学的発想です。ダンスの起源は道化であり、祝祭であり、はめをはずした贈与の行為であるという。その贈与が、まったく不均衡な、はめをはずした行為であるというところに、僕の関心のありかはありました。
労働は価値ではない。踊りという労働には、まさに等価な価値などありえない。土方さんの思考の中に、こういった不等なものというか、交換不可能なもの。法外な行為、アンバランスなもの、まったく過剰なものがある。実は芸術とは舞踏でなくても、そういうアンバランスとともにあり続けているものです。具体的にゴッホの絵が30億とか、ピカソの絵が50億で売れたりする、もっといいかもしれない無名の画家の絵は一生売れない。そういう不等さ、ということでもあるんですけれども。普通の仕事の世界ではこういうことは、一応ないわけですよね。で、こういうふうに共通の尺度を超えた世界の思考や芸術という問題を、考えてみたくなるのです。昔、土方さんに託して考えたポトラッチということをもう一度、考えみたくなったわけです。これが第一の話でそろそろ終りにします。このことをどう展開できるのか。話の流れで、もしかしたら続けられるかもしれませんが。ヨブの病につぐ病の試練と、土方巽の衰弱体との関係も気になります。
もうひとり土方さんではない他の人の話をします。寺山修司という、この頃またある種、再評価され注目されている人物。土方さんとほぼ同時代人ですけれど、土方さんは1928年生れ、寺山修司は約7歳若い1935年生まれ。でも土方さんより先に亡くなりました。
寺山修司について、ここにいるみなさんの中では、土方さんよりも実際に舞台を見たことがあるとか、じかに知っているという人が多いかもしれません。寺山修司の戯曲も、ずっと演じられている。
寺山修司は、土方巽や笠井叡について、舞踏についてあからさまな批判を述べています。
「彼らの魅力ある肉体の演技は、多様性と異質性とに覆われた唯一者の問題として私たちの前にある。」などと書いている(『迷路と死海』)。
「唯一者」というような、不思議な言葉を使っていますよね。
「それをエリアーデ風に言うならば」、寺山さんの衒学的なところが次々に出ていますけれども、
「究極の実在の探求であり、ヴェーダンダの」、
これはバラモンの哲学とかインドの哲学のことを言っているんだと思いますけれど。
「ヨガのような人間の解脱への探求の無限運動であり、いわば肉の原質の伝奇的な転変行為である」。
この時代の人って土方巽じゃなくても、じつに人を煙に巻くような文章を一生懸命書く人が多かったんですね。
「私は彼らの舞踊が唯一者というテーゼを精製していく過程を高く評価するものだが、それが決定的に反演劇的であり、反ダイアローグ的であるということは確かである。」したがって彼らを演劇的陰謀に巻き込むことは不可能であり、寺山にとって、彼らはあくまでも呪術師であり、シャーマン的存在なんです。
「シンボルへの回路を暗黒の中に」
まさに闇です。
「まさぐり続ける。彼らは美しいから指名される。彼らの行為は隠喩的ではなく、あくまでも暗喩的なのだ。」
隠喩と暗喩のちがいというのは、両方ともメタフォーの訳として使われるので、この差がよく分からないんですけれど、「暗黒」が、「暗喩」という言葉に掛かっているのかなと思いますよね。
この文章はなかなか聞き捨てならない。舞踏という表現は、何か究極的なもの、無限なもの、人間を越えたものの、宇宙的な神秘の探求だ。こういう究極をめざして、美しい身体としてダンサーは踊るという。こういう芸術、パフォーマンスは、まったく「反演劇的」で、対話を欠いていると寺山は言っていますよね。自分は絶対にこれと違うことをやるんだというわけです。
寺山修司が、自分の演劇の課題として、一番こだわっていたことは何だったかというと、おそら観客論ということになると思うんですよね。彼が色んな形でやった書簡演劇だとかの実験は、観客とパフォーマーの間の仕切りを取り外そうとする。まさに観客をさわりに行くとか。観客をつれて団地のアパートのドアをたたいて、その場でいきなり演劇を始める。びっくりした主婦が警察を呼んだこともある。それも含めて演劇というような。そんなこと、いまではちょっと古めかしい挑発のようにも思いますけれど、寺山はまったく真剣に、舞台を形作る観客と俳優という制度をゼロに戻したい。演劇という、あたかも自明であるかのような制度を全部疑って、そこから演劇を作ろうとする。そこにはもちろん対話がなければいけない、色んな種類の対話が起きなくてはいけないということに、寺山はこだわったんだと思います。
それなら、土方さんの中には、寺山的問題が無かったのかというと、それは違うといいたいですよね。土方さんには、彼の文章をつぶさに読んでいけば、確かに観客をめぐる思想というものがあり、彼の観客論とは、もっと基礎的なところに現れている。そもそも「見る」、「見られる」という土方に独特の現象学的思考があります。「見る」ということは、一方的に「見る」ということではありえない。「見る」人間はすでに見られている。大きな目で見られている。他者の目で見られ続けている。見るということ自体が、他のあらゆる知覚とない合わされて、さまざまな知覚の間でねじられているんですよね。そこに何かイメージというようなものが出現する。こういう見方に、土方さんはずーっとこだわったわけですから、土方さんの思考の中には、じつに微細なレベルで観客論があったんだと思うんです。
ところで、また別の話をしますけれども、土方さんにとって、言葉というものがいったい何だったのか、この話を一度してみたいな、考えてみたいなと、ずっと思いながら、案外このことはやれていない、難しいことです。
土方巽の言葉は、『病める舞姫』が典型的なケースですけれども、もちろんある種の舞踊論、舞踏論であるわけです。しかしその論を繰り広げるために、彼は自分の幼少の記憶を第一の素材にする。それをずっと忘れたことはないわけですけれど、その記憶を通じて、自分の中の大人と子供の関係をもう一度解きほぐす、そして再構築する。ということを続けたわけですよね。
土方さんの書いたものには、じつに色んな面があるけれど、何よりもまずそれは彼の舞踏の精髄の表現だと思うんです。しかし土方さんの言葉よりも、あくまでダンスに興味があるんだという人には、これはあくまでも二次資料的なものとして読まれるものかもしれない。
今日、田中さんが「描写」ということが、いかに踊り手の身体の中に複雑な関係性を注入するか、ということを言われたと思うんですけれども、土方は、そういうふうに自分の体の成り立ちというか、生成というものを描写する。「描写」とは単に描くということではなく、ある種の訓練ですよね。土方さんは絵画が大好きで、セザンヌのことなど時々、非常に感動的な文章の中に引用して、彼のこだわった「衰弱体」というテーマに重ねています。セザンヌが絵を描くことは、ほとんど存在に係わる知覚の、視覚の訓練だったといっていいと思います。そいう訓練を、とりわけ彼は言葉を通じて、ずっとやっていたわけですよね。
アーティストの言葉っていうのは、さっき僕はカフカのことなんかに触れましたけれど、ペソアのこと、あるいはジャコメッティの手記とか、セザンヌが少し残した対話など、ああいう言葉は、彼らの芸術を理解するための資料であると同時に、ほとんど作品自体に匹敵する思考の跡であると受け取りたいと思います。
土方さんもそういう作業をしましたけれども、ジャコメッティは絵を描きながら、自分が何をやっているのか執拗に考える。そういう思索の仕事を彫刻やデッサンと並行してやっています。仮に彼らの作品が全部失われて、書いたものだけが残ったとしても、それ自体がある表現の達成であり、ある思考と訓練のプロセス、日々の記録として、ある普遍性を帯びた非常に重要な文献になりうると考えます。
文学者たち評論家たちは、僕もその両方の端くれでもあるわけですけれど、言葉でもって仕事をする。土方さんの言語の仕事というものは、優れた文学者たちの文章と比べてもやっぱり微妙に違っている、決定的に違っているところがあると思います。
他にも、いろんな土方巽がいた、ペテン師で嘘つきの土方さんもいたかもしれないけれど、大変まじめに言葉を扱い、文章を書いた土方さんの言葉自体が、決して作品として閉じることがないというセンスを持っていて、それはもちろん踊りに向けて開かれているということであり、身体に向けて直通しているということでもあった。いやそれ以上に大きな問いに向けて開かれていた。「裂開」というようなことを使ってみたくなります。植物の種が成長する際には裂けて開く、「裂開」というような言葉を使いますけど、土方さんの言葉はそういう裂開する言葉という感じがします。
土方さんの言葉は、ほとんど詩的な表現として読む事もできるテキストである。それから田中さんのように、まったく妥協なく、論理的に哲学的に土方のテキストを読む、解読するということもできる。田中さんは、そのことを一貫して、勇気を持ってやっていらっしゃる。僕はそのことに、とても感心しています。もちろん土方さんの言語作品は、彼の生とダンスを照らし出す、そういう言葉でもあるわけです。いくつもの側面をもつ豊かな言葉でもある。
そして絶え間なく何かを実験する、探求する言葉でもある。ダンスと関係ない人にも読める開かれたテクストです。ダンスとは関係ない誰でも、自分は何を見て、どういう風に世界を知覚し、どういうふうに動き、どういうふうに思い出すのか、ということに関する徹底的な訓練、思索の過程です。何一つ決定された、固定されたものとはみなさない、そういう動く言葉。それが裂開と言うことにも関係するのですけれど、そういうただならぬ言葉が、土方巽全集として残されたと思います。
ここからダンスが出てくる。ダンス以外のものも出てくる。ダンス以外のものも沢山出てきたところで、それがまたダンスに還流していく、反響していく、そういうようなことがあっていいんじゃないかと思います。これはネグリのいう、ほとんど共通尺度のない世界の労働、コミュニケーションということに係わっていると思います。
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