京都芸術劇場 春秋座 studio21
土方さんに触りにいく
研究会の記録
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ディスカッション
山田
あまり堅苦しくならずお話を進めていけたらと思います。さきほど打ち合わせしている時に松田正隆さんから、極めて基本的な質問とか出たんですね。どうして背中を丸くするような動きが出てきたのかとか。そういうこともとっても大事なことだと思いますので、話していきたいと思います。今日が始まりのことなので、色々、試行錯誤しながら進めたいと思いますので。
今日、三人の方のお話を伺いまして、やっぱり大変なことを・・・ジュネの時もある日突然思いついて2年間続け、とても大変だったんですけれども、また何か始まってしまったという感じがしています。
それは三人とも、それぞれの視点というか、それぞれの捉え方の中での土方さんというのがいらして、それだけ土方さんっていうのは或る意味でいえば、謎めいた人だったんだと、あらためて感じています。
松田さんと三浦さん、もしよかったら何か口火を切っていただけたらと思います。いかがでしょうか。
松田
本当に僕は土方巽とか知らなくて、今日…それで、まずビデオを観ました。何ですか『夏の嵐』を観て、体を曲げる、その、何故こうこう(身振り手振りをしながら)っていうか、なんかとにかく顔の、顔のところに、こう無造作にとにかく足が来るっていうような動きが、もう、とにかく繰り返されることが、ものすごく惨めったらしいというか、恥ずかしいというか、その恥ずかしさみたいなものをずっと、文章を読んでも、なんか自分の頭の中に入ってこなさも、何かすごい自己っていうか・・・自己流みたいなものが、ずーっとこうあって・・・それを、その恥ずかしさってことをすごく感じたんですね。
で、宇野さんのさっきの話に非常にびっくりしたっていうか、あのヨブの話ですけれど、土方のそういう顔、とにかく足があって顔のあたりにこうあってっていう、胎児のような格好をして、それがあの長崎の原爆病院で昔、無脳児っていうのを見たことがあって、そのことをこう思い出して。それは『夏の嵐』を観ていても、なんか『原爆の図』とか、そういう人間がなんかこう、普段の社会生活の中で打ち切られて、恐らくバーッとこう捨てられたようになってうごめいている時の、自分なのか、他人なのか分からないようなものを後で写真とか、証言とかで、読んだりする時の、なんともいえない羞恥心とか、恥じらいとか、恥じらいとかじゃないんだな。なんて言うのかな、絶望的、絶対的な惨めさみたいなものですかね。
で、それをネグリの言葉で・・・尺度がないところから、ようするに尺度の無さの中に放り込まれた時に人間って恥ずかしさみたいなのがあって、自分の内面で自分しか、「裸体」っていう田中さんの話もありましたけれども、単純にこう裸っていうのではなくて、内面がさらけ出されて、自分しかないものが他人の目にさらされていながらも、なんか自分ではないような、その疎遠性みたいなものを自分自身に感じてしまう。もう自分ではないもの。自分なのに自分でもないものが、もしかしたら、皆から見られていたり、あるいは何か曝け出されていたりするっていうのを原爆資料館とかそういう所で何度となく観たことがあって、そのことと何かものすごく、今日のお話を聞いていてもそうだったし、その土方巽の踊りというか、踊りなのか存在というか、そういうものから感じました。何だろう、その恥ずかしさみたいな、それは避けては通れないっていうか、これだけ大量虐殺を経験した21世紀の後に、何だろう、なんか自分を保ってやれないっていうことにも繋がっていくのかもしれないですけれど、人のお話をふまえて、すごく感じたことですね。ちょっとまあひとまず。
山田
ありがとうございます。
松田
あ、もうちょっと言えたんですけれど、また後で言います。
三浦
僕は73年生まれですから、今日しゃべる前に土方の事は知らないんですって、言わないって決めてきたんです。あのまあ知っているわけですね。特に僕の両親は秋田県出身ですから、非常に難しい。分析することが。いくつかビデオを学生時代から観ていますけれど、そして最近、この為に色々資料をいただいて読みましたけれど。ちょっと違う話をすると、ベケットの後期の作品をやって、演出です、僕は。演出をして、ちょっと傍らにジュネがあって気になっていて、それでこの間、宇野さんの翻訳でアルトーをリーディングする機会があって、そして今回「あ、ついに土方が来たか」っていうのが、一番の実感なんですね。これは一体なんなんだろう。一応避けてはきているんですけれど、日本人の作家というかな、先ほども宇野さんもおっしゃっていましたけれど、非常に特異な文章ですから作家と言ってしまっていいのかどうか難しいところですけれど。
先程、どなたか打ち合わせの時におっしゃっていましたけれど、土方さんがしゃべっているようなあの落語のような言葉を聴いて、ある東北の人が「あーいやこれ何も不思議なこと言っていないよ」と言っていたらしいエピソードを聞いて、僕も全くその通りで、例えば『病める舞姫』を読みましたけれど難しいかと言われると、難しくはないんだよね。何か知っている。でも同時に知らないというか、これ僕は知っていると言ってしまって、そういった風土や土着ってものを受け入れてしまえるわけがないとかね。なんかその辺が土方の作品に触れる時に、いつも難しいですね。距離感をちょっと取り損ねるところがある。まずこれが僕の土方に対する前提なんですけれど。
今日のお話をいろいろ聴いていてやっぱり僕の興味は、その田中さんがおっしゃっていた、死体をどういうふうに無くしていくかっていうか、見られている、死体が不安定であるっていうお話をされていましたけれど。死体、つまり演じるというか何かを舞台で見られるとき、実演家の死体がそこにあるのか。そしてそれは能の「離見の見」でもないだろうけれど、何か反芻して描写していて、それがまた何かわかんなくなって、闇の中に落ちていくみたいな話があったと思うんですけれど。いずれにせよ、その「肉体の反乱」という、そのキャッチーな言葉だけ取ってもそうですけれど、死体とは肉のことなんですね。というふうに一応、一端、了解することにします。その時に、肉が死体といわれてもなあ・・・ていうふうにすごく感じるし、脳死の問題もすごく興味があるんですけれど、死体が肉か・・・って・・・そういえば最近、肉体論とか言わないし、せいぜい身体論ってなってきたなあとか、まあ言葉のあれですけれど。闇が前提っていう話があったと思うんですけれど。舞踏は終わったっていう。最初ちょっと感動しちゃったんですけれど、でも何が終わったのかというと、きっと闇の前提が終わったんだなって思いました。そして、土方さんが踊らなくなった。結構早い時期に、或る程度。今日も映画の後もそういうテロップが流れていましたけれど、それは制度の中の話になってきていて、それは今日、配布された資料に宇野さんも書いていらっしゃいましたけれど、その辺がちょっと信頼できるっていうか、見つめ方がしんどくて考えさせられました。
ただ、あの・・・ちょっと僕は土方のあれはやっぱりすごいと思うね。単純に。いまさら遅れてきた世代としてわざわざ言うのも何ですけれど、涙なしでは見れない。『肉体の反乱』とかは。あの生け贄のあり方とか、あの大人ぶった目とか、ちょっとなー・・・。あと、そのやっぱり上に上に向かっていく舞踏、西洋の考え方があって、それが下に下に向かうっていう、根本的な風土とかっていう考え方、それを否定できないし、それを古臭いとも全然思わない。その辺の付き合い方がどういうふうに今なっているのか。そのことを考えること自体がめんどうくさくなったのか、身体性が変わったのか、止めてしまったのか、っていうことが舞踏が終わったという表現とちょっとシンクロして聞こえてきました。
それで唯一、土方の文章から引用しますと、自分は犯罪者に憧れるみたいな文章がありまして、自分は舞踏を踊ることによってその犯罪者に憧れ、刑務所に入る若者の一員となり、ちょっと語弊もありますけれど僕の印象でしゃべっているんですけれど、刑務所に入ってそしてアメリカンフットボールを習得するのだと。そしてそこで豊かにアメリカンフットボールをやるってことを僕は夢見るっていう文章があるんですね。僕は制度っていうことを考えた時にそういうアメリカンフットボールを一生懸命できる塀の中っていうことが、今、現代において、なんか無くなっちゃっているから、そういうことを探さないといけないって感じました。それで結構、早めに踊らなくなったっていうことが、気にはなる。踊らなくなったっていうと、きっと語弊があるでしょうけれど、気になりました。とりあえず。
山田
松田さんさっき何か付け加えたいっておっしゃっていましたけれど、どうぞ。
松田
そうそう、その田中さんのお話を聞いていて思ったのが、内面のちょっと簡単に言ってしまえば、内面に向かえば多層的な声が聞こえ、声っていうか、そういうものを発見していくっていう。普通、内面っていうと自己とか、自分という物の中に入りこんでいって、自分とはとか唯一の物を見つけてしまうっていうふうに考えてしまいがちなんだけれど、それがもちろんこの『病める舞姫』っていうのが、あの自伝だとすれば、その中に多層的な非常に、主客がわからないような、語りの主体みたいなものが無いようなものがどんどん出てきているってことが、秘術的に発見していることが舞踏ではないかっていうふうにも、ちょっと受け止めました。
この間、明らかに全然違うのが、『靖国』っていう映画を観て、李監督とも語ったんですけれども、『靖国』の前で古い日本兵の格好をして、こう・・・拝む、祈る素振りを声高にしていく人たちの、声の、あるいは身体の単一性といったら、ものすごいわけですよね。で、そういうものからも、何か一つのアイデンティティを獲得してしまう人の声みたいなものが、非常に多層性が全くなくて、単一になっているっていうかな。その辺が全然、そういうもので比べてもしょうがないんだけれども、何かそういう・・・自己っていうものに、内面に入っていくことが、多層性にまた向かうっていうのが少し、非常に大きな発見でした。
山田
何か今のお話、幸せな家庭というのはみんな同じだけれど、不幸な家庭というのは、無数にあるというような言葉をね。パッと思い出したんですけれど。それを例えば「闇」、自分の中にはいっていくといったときの闇と言った時、「闇」というのは無数にね、もしかしたら広がっている。今、松田さんの言葉を聴いてちょっと思い出しました。
他の皆さん、どなたかご発言を・・・というか話をしてください(笑)。
三浦
あのあまり話しが離れないように、土方さんの仕事でちょっと答えていきたいと思うんですけれどね。先ほど、僕は土方を語るのは、きわめてちょっと難しいというか、それにちょっと恥ずかしいというのは、わかった気になっちゃうっていう構造があるんです。それは多分、土方の土着性ってもの、風土性ってものがまずあります。
その・・・つまり名優が舞台にいて、それが何か発語、発話するということには、名優ぶりという、名優を名優たらしめる社会性というものがきっと背後にあるわけでしょ。舞台のリアリティで。じゃあそれを土方に置き換えて、当時それがあったのか、なかったのかということが、一つの環境としての問題ではあると思う。
で、その時に白塗りで、ああいうなんていうの、みすぼらしいっていうんじゃない、みすぼらしい格好をするという、見た目そういうことがそのファッションになる一歩手前で表現された環境を作ったということが、非常に画期的だと思う。いいんだけれど、涙っていうのはそこに流れるんだけれど、同時にどうなんでしょうね。環境というかどうしてあんなに土方以外のダンサーがまずいのか。これは大きいことを言っていますよ。僕、今、関係者がいたらあれですけれど。このことはすごく気になるね。なんであんなにまずいんだろうっていうことをすごく考えて、それは多分ね、先ほど田中さんが本当におっしゃっていたことだと思うんですけれど、その中心にあるものが自分で自分に振付ける、自己振付けって言葉が正しいかどうかは置いておきましょう、人のやつを見て、こういうふうにするっていうのと、何がどう対話されるのか。言葉というものは言い様がすごく難しいと思うんですけれど。
このシリーズでも舞踏譜の話が次回出ると思うんですけれど、研究自体は興味あるんですけれど、舞踏譜自体の行為というものが、どういった言葉が残されて、この形になったのかっていうのは…本当、つっこめないなっていうか、一つの資料としては良いことでしょうけれど、そこに本質はないと思う。本質があるのは、その「闇」なんだよ、やっぱりね。なぜその風土の中でこうやってああやって、ああいうふうにこうやってなるのかっていうことが、きっと誰にも手は出せないんだけれど、誰よりも土方という、作家とあえて言います。作家が先ほどおっしゃった実験性でどんどん対話している。その言葉を他者に向かって、他者というのは具体的な共演者、に向かって、なんでここまで共有できないんだろうってことが非常にリアリティがあります。
ただ今日のビデオで言うと、最後のシーンの3人の女性たちで踊っていて、で、真ん中の人がずいぶんアップされていて、これはちょっと違うことになっていると思ったんですね。で、思った時に何を対話しているんだろう。何を言葉として思っているんだろうと思って、ちょっと引っかかって質問しましたら(開場前の楽屋にて)、芦川羊子さんですか、非常に有名な方だと聞いて「あっ!芦川という固有名詞があったのか」っていう固有名詞ですね。土方という固有名詞を今、分析しようとしているんだと思うけれど。その辺・・・名優問題と土方っていう、あのするどい指摘だと思うし、よくわからないです。言葉って言っても、その言葉ってあんまりないからね。僕の立場で言わしてもらうと。言葉はあるものですから。流れているものだから。舞台、とくに舞踊、舞踏、ダンサー・・・しゃべんないで、ただ黙っている、っていうことは、言葉ではない。僕にとっては。発語するっていうことになると、逆にちょっと違うことになるけれど。むしろ土方の今日のを見ていて思ったのは対話だね。どこと対話しているのか。自分と対話しているのはわかった。どこと対話するのかっていうことが、次の段階だし、それは形を変え、さまざまな資料を見るとやっぱり残っていると。その時に舞踏譜っていうのは本当の言葉なのかどうかっていうのは疑わしい。というのが僕の問題です。言葉の問題です。
松田
他人へ振り付ける時と自分への振付ける時は、いわゆる完璧な、他人に振付けるときにはこう明示化するっていうか、こう見えてくるものがあるけれど、自分に振付ける時にはそれこそ闇の作業ってなっていくみたいな、さっき言った電流であるとか、え~その神経の配列というか、体のアレンジメントとかって田中さんおっしゃっていたけれど、それを言語化できるのではないか、っていうことに賭けようとしたんじゃないかって気がするんですけれど。
それは病を翻訳することだったり、僕が言う恥ずかしさがあったり、惨めさとか、究極の、自分なのか自分ではないのかっていうようなカオスの状況に置かれた時からなんとか100度見つけ出そうとする時の言葉っていうのがあるぞ! というのが『病める舞姫』のこの言語化なんだろうなっていうのが、わかる感じがするんですけれどね。そこと、演劇に可能性としてあるのが、やはりここにこうやってテクストとしてあるわけだから、その演劇として。そのことを汲み取ることもできるだろうなあって気はしますけれどね。
山田
どなたでも会場の方も質問ではなくて、あ、はい、どうぞ。
田中
さっきあの三浦さんが言った今日の映画で、芦川さんと土方巽以外はまずいっていうのは、それは非常に本質っていうか(笑)
三浦
ダメですか?
田中
いやいやダメっていうか(笑)、非常に本質を突いています。それが舞踏の問題であって、ある意味では非常に問題なんですね。今、僕は最初、「舞踏は死んだ」っていうことから入りましたけれど、それとも関連した問題です。今日は僕、ちょっと早口でまくし立てたものですから、わかりにくかった点もあるでしょうけれど、非常に時間に制限されていたものですから、いかに頭の中のことを全部しゃべったらいいかって思っていたものですから、早口になってしまってすみません。
本来、最初にちょっと前置きがあって、それを省略してしまいました。舞踏のですね、「認識的な局面」、そして「技術的な局面」、それから舞踏の最終的な「衰弱体」っていうものに代表されるような「表現的局面」っていうふうに分けて話をしようと。本来、こういう分け方はしませんし、土方をこんなことをしたら怒り出すかもしれませんけれど。いかに舞踏の認識的局面っていうか、舞踏の概念ですね。舞踏の概念がいかに技術的な局面を支えているかっていうことを話したいと思ったわけです。というのも結局、舞踏の概念をもてないことによって、舞踏譜の技術もパターン化してしまう。そこで「舞踏は死んだ」っていうことになってしまうんです。土方の舞踏譜を受け継いだ方がいらっしゃいますけれど、彼らの中には、舞踏譜を素直に教わり、非常にその細かい部分までを受け継いでいるんですけれど、その技術的な局面にすでに認識的な局面がもう組み込まれているというふうに考えているんじゃないかと思います。ですけれど、認識的な局面は、土方が同時に作り出した問題で、今日、「闇」っていう言葉を使っていますけれど、それがあってこそ技術的局面っていうのはパターン化されずに、いつも開かれているものなわけですね。その開かれかたがないために、「舞踏は死んだ」っていうことになったのではないかなと危機感を感じているわけです。これは多分、舞踏家みんなが感じていることじゃないかと思いますね。で、その認識的局面っていうのは、言葉でする作業です。実際、今日、「肉体の闇」っていうふうな言葉で認識的局面と技術的局面を繋げようっていう思いで話そうと思ったんですけれど、なかなか難しいものだなと感じました。舞踏の言葉とからだに関していえば、土方の踊りっていうのは、ほとんど言葉で支えられていると考えられます。いわゆる言葉といってもそのまあ、はっきりしたことではなくて非常に微細なわけのわからない物語があって、それが一つの芯となって踊りが支えられているんですね。からだを支える、動きを支える、神経を支える。それがないと、ある種のかたち、からだのいわゆるパフォーマンスを支えることができないわけです。言葉があることによって、その緊張感でからだが支えられているわけです。ですから言葉がもういっぱい背後にあるわけです。これは演劇の言葉とはだいぶ違うんじゃないかなという認識をもっているんですけれど。それで舞踏における言葉とからだの関係っていうのは、いわゆる舞踏が、土方の初期、中期、後期っていうふうにして、まぁふつう土方巽研究をされている方はそういう仕方で分けているんじゃないかと思うんですけれど、それを見ていくとだんだん表現形式が違ってきていると思います。だから土方のテクストを読む場合でも、これはいつ書かれたか、その時にどんな舞台があったのかということを対照して見ない限り、土方が何を考え、何を言っているのかっていうことがよくわからなくなってくると思います。最初のハプニングとかパフォーマンスは除きまして、『四季のための二十七晩』、『静かな家』という土方が自分で出て、自分で振付けて踊るひとつの時期があり、それから次にアスベスト館での白桃房の表現があり、これは土方が全て演出する。つまり見えるアレンジメントを扱っていた時期がある。その後『病める舞姫』を書いて、「衰弱体」という考え方がでてきますけれど、その時期がある。それらの時期ははっきり違うと思いますね。その言葉とからだの関係が。ちょっとここでは詳しくは言わないし、引用もできないんですけれど、そういうふうに表現形式が常に変わっているという見方、そういう全体を見るという視点でしかちょっと分からない点があるかもしれません。それからもう一つ、言葉とからだの関係で言いますと、舞踏符の言葉は現実的な内容の言葉ではありません。舞踏符で投げかけられる言葉は、その~なんて言うのかな、ただからだに情報としてインプットされるだけです。それは現実的な内容の言葉ではありません。だからその言葉が投げかけられて、神経の配列と言いますけれど、その配列はいわゆる偽の配列です。これは土方さんがアパリシオンという言葉を後期に使っていますけれど、いわゆる亡霊のような神経の配列なんです。だから言葉とからだの関係といっても、その関係自体を重視しているわけですね。言葉によって神経の配列が起きている。その神経の配列のかたちを見るのではなくて、あくまでもその関係を重視しているわけです。そういうわけで、話がちょっとかみ合わないのは、そういう点もあるかと思います。言葉が実体として投げられるわけではないんですね。いわゆるからだのアレンジメントという、アパリシオン、幻影として、さっき幻影という言葉が宇野さんの発表に中にありましたけれども、そういう形で出されることによって、かえって踊る人の生きている側面というか、生きている「生」そのものの光の強さというかな、そうしたものが強く出てくることになるわけです。
宇野
さっき恥ということを松田さんが、おっしゃったわけです。土方さんのテクストというのは、恥という言葉を必ずしも使っていないわけですけれど、恥というのはある種の心身の内部・・・ある種、社会的な外部との関係において恥というのはあるわけです。恥において、心身がめくれるというか。内にめくれ、もう一度めくれて外へ向かう。もちろんこれは踊りそのものに深くかかわっている。そういうふうに心身に折りたたまれた、めくれとか、まくれとか、それは例えばガニ股というような土方さんが非常に大事にしたアジア、日本の身体の歪みというか、窪みというか。そこに限りなく豊かなヒダを、表現の材料として見ていくということがある。それから一連の手法の問題として、自分の身体というものをどう開くか。そこにどういう突然変異を生み出すかっということで、「子供」という、とても大きな主題がある。それから「死」という問題ですね。これもある種、究極の主題でもあるし、さっき言った「祈り」ということにも繋がるんですけれども、「死」という主題に関して「突っ立った死体」と、言っているわけですし、未発表の論考の中でも、「ミイラ」というイメージが繰り替えし出てきます。ですから、生と死の間にある「生きた死体」というテーマがあり、それから動物のテーマ、虫や犬が非常に豊かな形で出てくる。文学とか詩の研究をする人には、そういう主題系が、必ず浮かんでくるはずで、大変豊かな主題の鉱脈を土方さんは『病める舞姫』にひそませているわけです。それについて僕も、繰り返し語ってきましたが、土方さんの中に、根本的になんか法外なというか、不均衡なですね、尺度無き世界があるんじゃないか。そういうことに気づくわけです。
踊り手との関係においても、ものすごい量の情報を与えて、たいていの人が受け取ることのできないほどの情報が、ほとんど秒刻みに舞踏譜には定着してあって、耐え難いほどに過剰な材料を与えているわけです。舞踏譜は、音楽の楽譜でオーケストラがひくのとは全然違うような、非常にアンバランスな性格を持っていて、これは大変な挑戦でもあった。今日はアルトーの話もしようと思いましたけれど、それに寺山さんにも少し触れましたけれど、寺山さんも非常にアルトーに影響を受けています。劇場に来た人をただでは帰えさないっていうアルトーの発想です。あのように演劇に対する挑発的な要求があって、歯医者さんで歯を抜いて痛い目をするようなことを味わってもらおう。それぐらいの痛さとか、恐ろしさを劇場で味わうべきだってアルトーは書いているわけなんです。そういう発想を、寺山さんはストレートに演劇のモチーフにしたわけですけれども、土方さんのアルトー論は、もう少し違うところにあります。土方さんはやっぱり、思考するアルトーに、心身の裂け目というものに出会っている。寺山とはかなり違った意味で、アルトーの過剰さを受け取っているんですよね。この過剰さは、ある意味で舞踏自体が立ち行かないっていう事態も生み出したし、土方さん自身が、だんだん現代というものに愛想をつかしたということがあったと思いますよね。情報社会とか消費社会というものに対して、西武との関係というような具体的問題もあったわけですけれど、彼の苦々しい反応をしばしば耳にしましたし、同時代に愛想をつかしているってことは、よく感じられたわけですよね。それでも、彼の非常に過剰な思想が停滞しないで持続していた。それが舞踏の思想でもあるわけだけれど、そこから取り出せるものとは、単に踊りの方法とか、舞台の作り方とかね、ということではない方向に広げていかなければと思います。彼のその過剰な生産性っていうものが、どう活かせるかってことを考えたくなるんです。
八角
シンポジウムもほとんど終わる時間になってから初めて発言するのは非常に話しにくいんですけれども、まず皆さんに倣って土方体験の話に一応触れておくと、私は直接的には知っているとも言えないし、まったく知らないわけでもない微妙な世代になります。土方が振り付けた作品を実際に観たのは、最後のstudio200でやった「東北歌舞伎」のシリーズだけですし、それが学生の頃ですから、土方自身が踊ったものはもちろん見ていません。それでも興味はずっと持っていて、考えてきたことの蓄積もないわけではないのです。ただ昔は、たとえば三浦さんがおっしゃったようなことを思っていたとしても、実物を見ていない若い世代は不用意に語れないような雰囲気が舞踏の世界にはありまして、公に何か書いたりする機会はありませんでした。その意味では、こういう研究会ができるようになった、オープンな形で土方を論じられる場を持てるようになったのは、とてもいいことだと思います。
今日の皆さんのお話にまとまった形で応答するには時間がありませんので、とりあえず現時点で私自身が関心を持って考えているだけ簡単にお話しすることにします。やはり最も興味のあるのは、今日のタイトルにもある「言葉と身体をめぐって」ということで、これにはもちろんいろいろな側面がありますけれども、まずはわれわれに残されている土方が書いた文章を通して、その言葉の姿や表情を通して、土方の舞踏というものを探ってみたい。先程から何度も言及されている『病める舞姫』というのもさまざまな読み方ができるテクストですね。非常に大雑把な言い方をしますが、一方でアルトー的なテクストとして読むというアプローチのしかたがあって、それも重要で面白いんですけど、むしろそれをあえてプルースト的なテクストとして読んでみたいと思ってるんです。突飛な結びつきと思われるかもしれませんが、土方は間違いなくプルーストを読んでいたはずでし、『病める舞姫』は土方なりの『失われた時を求めて』だったはずです。単純にあの読みにくさというか、異様な日本語の連なりを読んでいると、井上究一郎訳のプルーストを思い出してしまうんですね。これはもちろん記憶という問題に関わってきますが、確かに過去の出来事が回想されているけれども、客観的に完結している事実として過去の出来事が再現されているわけではない。そこでは語り手自身の現在の知覚と、回想される過去の時間とが混ざり合って、さっき宇野さんが指摘されたように、語っている時点の「私」なのか、語られている何十年か前の「私」なのか、区別できないような時間があらわれてくる。語りの現在、あるいはそれが読まれていく現在において記憶や物語が生成し、語られていることの中に「語っている」ことそのものが入り込んでくるわけです。そういうところに着目して、つまり風土の話や芸談として読むのではなく、ポリティカルなレベルも含めた記憶の問題を中心に読み直してみたい。いわば記憶と身体のポリティクスをめぐる実践として『病める舞姫』を読むことができるんじゃないかと思っているんです。
それともう一つ、そのこととも関わりますが、さっき田中さんが最初のお話の中で、まさに記憶の問題に言及なさった時に、スクリーンという比喩を出されたと思います。スクリーンというのは比喩としても非常に有効だと思うのですが、さらに実際のスクリーンに現れた土方巽というのも気になっているわけです。今日のシンポジウムが始まる前にここで映されていたのは、細江英公さんの『鎌鼬』という写真集ですが、あの作品が被写体となった土方自身にも大きな影響を与えたことはよく知られています。とはいえ、それについてもあまり本格的に論じられているとは言えないと思いますが、加えて土方巽という人は非常に多くの映画に出演しているんですね。その経験が何だったのか。もちろん日銭稼ぎという面もあったかとは思いますが、しかし少なくともそれは先程の話に出ていた身体のモノ化、物象化ということにも繋がってくるでしょうし、記憶の問題とも関わってくる。そういうところで、つまり身体、言葉、記憶といったこととの関係のなかで、写真や映画が土方にとってどういうものだったのかということを考え直してみたい。そんなことを今後また話したり書いたりしていければと思っているわけです。
山田
本当にそれぞれの中からそれぞれの言葉を引き出してしまうのが、多分、土方さんなんだろうと、あらためて今日、思いました。今日はオープンキャンパスというのをやっておりまして、その関係で4時半からという形で遅い時間から始めなければならなかったのですけれども、こんな風にいろいろな問題意識が錯綜してくるんだと、このぐらいの時間じゃ足りないなあと思って、次回はものすごく長い時間をかけて、ちょっとみんなくたくたになるぐらいやってみたいと思いました。
で、さっき宇野さんがおっしゃった、愛想を尽かした、踊らなくなったということと繋がって、こんなふうに言葉で自分の知覚を細分化していったらおそらく踊れなくなるだろうなぁっと。からだがにっちもさっちもいかなくなるんじゃないかということを思った時期がありました。
でも、80年代に土方さんが、復活と言う言葉は変ですけれども、ご自身は踊られなかったですけれども、実験的な試みを連続的してなさっている姿を拝見して、全く違う視点から、その愛想つかした世界にもう一回切り込もうとしているような、そんなことを感じました。そのあたりの話を、愛想尽かしをしたくなるような世界っていうのは、一体どういう状況だというふうに土方さんが読まれていたのかということ、言葉で知覚を細分化して読み取っていくとはどういうことかということなども、次回11月14日に話すことができたら、皆さんの意見を聞いてみたいというふうに思います。まだ何かありましたら会場の方も何か質問ではなくても
会場A
どうもお話ありがとうございました。やはり土方氏の話、あれを見ていると、とにかく踊りはやっぱり先ほどもお話ありましたけれど祈りなんですね、これ。日本の天孫降臨で高千穂を踊って湯神楽やゆうたら、神様天照大神、神社すべて祈りなんですね。そして大体、あの六歳念佛やなんやらある踊りイコール間違いなくこれ、神か仏の祈りなんですね、だから私はそっちじゃないモダン舞踊だといわれておりましても、だんだんそっちの方に吸引されていっているんじゃないか。年齢をとるにしたがって、若いときは自分のオリジナリティや言いながら、だんだんこれは源流をさかのぼって原点へ帰れば、秋田やと。やっぱり秋田ということで、生まれたこと、そして軍国少年に間違いなかった背景。17歳で1945年、原爆落とされた。この祈りをどないするんやと。やっぱりすごい多感なことなんですね。その後、玉音放送聞いて、広島長崎玉音ですよ。これはやはり把握しないと。そして秋田といったら私も旅行したけれども、やっぱり一番に思いうかべるのは囲炉裏端のあの柔らかい、きりたんぽなんですね。あの暖かいお袋の味のきりたんぽの暖かさの土方氏、表現しているのでしょう。そして、やはり50キロもあって、あの稔りの意味を表した、あの48の提灯の竿灯祭。ねぶた祭行った後、みなで下がってきたんです。そしてそれを見て、目の前で私も腰にやらしてくれて言ってやったら、うまかったんですがね。あの竿灯祭の稔。48の燈し火、それが映画に出てあのわけ分からん人間だ。落合(プロ野球選手。秋田県出身)なら三冠王3回でスポーツわかりやすいから誇りやけど、土方は何もんやと、ここで映画でたら田舎もんは映画でたら上等な人やと思われるんで、誇りをあの竿灯祭に移しているんじゃないか、そしてあの鬼気迫るあの恐怖は何や…これは間違いなく、あの男鹿半島の、なまはげなんです。なまはげが子供を、家に入って包丁で振り回して殺してやろうかー! 悪い子供はいないか! もう70のじいさんばあさんは知っているが、子供はすごい恐怖ですね。なまはげと竿灯祭ときりたんぽのやさしさ。お袋のこれを胸に抱いているんじゃないのか、そこにあの情念があるんじゃないのかと思うんですね。頭だけでアイデンティティというだけじゃなく、その人生観、そしてその哲学、考えるだけじゃなく、やはり情熱なんですね。情ゆうたら何が大々的なあれかというたら、やっぱり情熱、情感豊かに、そして情操たっぷりに。秋田おばこの秋田情緒たっぷり、その上にやはりこうと決めたら最後までつらぬく情念ですね。この5つの情というものが、彼には胸に抱いていたんじゃないか。観音様のように。私はそれに見えてしかたがない。やはり人間は考える人であるから、考え、腹も決めて、決断もし、あの意思も持っているんですね。その中でみんなブレンドされたものが、やはりその人が統一された土方アイデンティティというものを、体で、土方語で、肉体語で、表現してもらっているのが私らにきていると、そういう風に思ったほうがいいんじゃないか。そういうことから見てやはり土方という人は、秋田からやっぱり離れられていない。何年も帰っていないといわれて、東京人だと思っているけれど、やはり秋田人なんですね。そういうことから見て、やはりルーツを探る。その胸奥を探る、土方の的を外さない、機を外さないということを何より大切じゃないかと思うんですが、あの宇野さん、そして田中さんいかがでしょう。
田中
あのぜひ、土方が生きていたら聞かせてあげたいな、という思いで聞きました。
宇野
ただし土方巽はね「私の踊りは神社仏閣と一切関係がない」とも言いました。このことも忘れないようにしたい。
会場B
手短にどうしても聞きたいことがあるんです。実はこの時間2つ、もうひとつの空間のことが気になっていまして、岩下徹さんが今日、踊っておられるんですけれど、前に彼のワークショップに参加した時にインプロビゼーションって事、彼の話を聞いた時、非常に疑問が今も続いています。彼は意識的にその時に考えるのではダメで、何も考えない状態で体の奥から浮かんでくるものをインプロビゼーションだというんですけれど、僕は嘘だと思うんです。あの、いろいろと田中さんがおっしゃった「肉体の闇」っていうのは、非常に難しいんですけれど、私の知っている自分の言葉でいうとやっぱり「肉体の無意識」ということだと、身体の無意識だと思います。ちょっと私の専門は、先生と同じ、フランス文学で、ずっとロートレアモンやっていたんですけれど、最近、ずっと10年ちょっとジャック・ラカンを勉強しています。そういう関係で精神分析の時の言葉の発生と、無意識に表れるのが、踊るときにそういうのがあるのかどうか、あの無意識はあるんですけれども、それが身体の無意識として、さっきおっしゃった肉体の闇という形で出てくるのだとしたら、あの『病める舞姫』は私にとっては非常に理解しやすいです。言葉が横になっているとき、転移が起こっていれば、非常に時間を無視して、いろんな言葉がでてきます。でもそれは無から出てくるんじゃなくて、その人の中に言語として構造化されている、まあ無意識だとしたら、記憶が元になって沈殿している言葉です。だからダンスでわからないのは、それがこう例えば赤ちゃんの格好して出てくるというのは非常に分かりやすいですよね。踊る時に、それが自分の身体として無意識の中に沈殿すれば、踊る時に出てきてもおかしくないですけれども、もう一つ非常にわからないのは自分で自分を振付ける時はもうすごく意識的になっていますから、インプロビゼーションでもそうですけれど、振り付けっていうのは一旦、自分で生み出すときにはインプロビゼーションが起こっているはずなんです。だけれどもそのインプロビゼーションが起こる時にはきっと身体の無意識ってことを掘り起こしているはずだ。だけれど言葉の場合は精神分析の場合は分析家がいますので、そこを相手として聞く相手として、単に言えば他者としてあのよく分かるんですよ、ところがダンスの場合は、誰を相手にしてその転移が起こっているのか、そして無意識を掘り起こして、それがダンスという形で成立するのかなっていうのが、踊っておられる方が2人おらっしゃいますので聞いてみたいなと。私が舞踏に興味を持ったのは単純な理由でコンテンポラリーダンスが非常に好きだったんですけれども、さっき「死」ということを何度もおっしゃっていましたけれど私は「死」よりもその前にあるのは「老い」です。老いという問題に直面したときに比較的舞踏のダンサーたちはずっと踊り続けることが可能。ひょっとして何か秘密があるのか、単に身体の動きが少ないとかではなくて、何かあるのかな、ちょっとまるっきり2つの好奇心があるので、もしお考えがあったらお聞かせいただきたいと思います。
田中
えーっと「肉体の闇」っていうのは非常にわかりにくいものですし、曖昧なものであるし、今日はあえて強調しただけですけれど、あえて言うとすれば夢に似ていると思うんですね。「肉体の闇」っていうのは、肉体が夢見る夢みたいな、比喩として言うことができますけれど。夢っていうのは、夢を見ているときはその内容は、その場で言葉となっているんじゃないかと思うんです。事後的に描写することもありますけれど、自分の中から全く関係もなく、こう生まれてくるものなんで、それが即、対象化して見えて内容になってしまう。その緊張感っていうのが夢そのものなんですね。それを後で時間的に並べたりとか、物語の形式にしたりして人に説明したり、何か日記に書いたりすると、描写という次元にもう立ってしまうんです。それとは反対の違う次元に立っていることが夢ですね。夢そのものの経験、そういうものと比べてみると「肉体の闇」っていうのはわかりやすくなると思うんですけれど。その場合、僕は精神分析の方はよく知らないんですけれど、何に対するっていう言い方、今日も三浦さんが言っていましたが、何に対して、何に向けているかっていう話をしていましたけれど、その…夢みたいな現象ですね、それを表現的にどう扱うかってことが、土方の関心事だったと思います。そのことを表すことができると。緊張感対緊張感、お互いにこう、なんていうんですか…感じ合うことができるんじゃないか。何かを、テーマとかですね、そういうものを外に向けて押し出していくということよりも、そういう緊張感が向き合うことを扱う。夢の緊張感は誰しもが知っていることです。ただ思い出したときにその緊張感がなくなるだけのことです。その緊張感をいかに一つの場で共通体験みたいな感じにしてもたらすか、僕はそれをコミュニケーションと言い方をしますけれど。だから土方の表現は何に向けてってこととはちょっと違うかもしれませんね。ぼくはちょっと答えとしてはうまく言えませんが…。
山田
えっとまあ、踊っている人間としてですけれど、岩下さんがおっしゃった、考えちゃだめだっていうのは多分、日常的な思考の仕方をしては、ダメだとおっしゃっているだと思うんですね。で、今年の2月に宇野さんが京大で講義をなさっているのを聞かせていただいたんですけれど、そこで、あ!これ、踊っている状態にぴったり、っていうかこれが自分の踊っている状態だって思った瞬間がありました。円錐形の記憶の話ですね。
宇野
ベルグソンの
山田
記憶というのは円錐形の中に弛緩した状態でだらりとある、そして現在という一点に瞬間立ちあがる。これはもう踊っている時、私は即興で踊りますので、そのまんまなんですね。つまり弛緩していないとダメなんです。ダラリと弛緩した状態を自分の中で持っていて、その中から現在がどのようにして今自分の中に訪れるのかっていうことに近い気がしました。これは様々なダンスに向かっていくトレーニングでもあります。今、緊張とおっしゃいましたけれど集中の状態もあって、集中の状態っていうのは何かなというと、ある意味、記憶は弛緩しているけれど知覚は完全に開いている状態ですね。外側に。すごく技術的な話でごめんなさい。なんですけれど、そういう状態の時にダンスっていうのは、思考は通常の日常的な思考ではない状態で、いつでもその弛緩したダラリとしたものの中から突出したものを身体の上に一瞬呼び戻すことができるという感じがします。
会場B
その時の踊っている時っていうのは、観客がその、まあそのなんていうか意識する相手っていうことになるんですかね。
山田
観客もそうですし、例えば即興性のあるダンスを踊っているので、まず稽古場で、ただ何もない状態で踊り始めるんですね。その時にそういうものが、だん、だん…断続的というか、バラッバラに、もう時間の中で、例えば2時間踊ったら2時間バラッバラにそういうものがやってくるし、やってこない時間というのは、その弛緩したものの中にうずくまっているしかないんですね。そういう時間がずーっとあってその中で舞台にあがって行く時には何かを抽出しているわけですね。抽出していく時には、言葉っていうものはとっても重要なものになってきて、今瞬間浮かんできた言葉だけではなくて、やっぱり土方さんのテクストの中でこういうことだなって思っているものだとか、そういうものが支えになって、作品に向かって出ていくっていう感じです。踊っている瞬間には観客との関係でもあるでしょう。
会場B
ありがとうございます。
山田
では、このあたりで、今日はどうもありがとうございました。