原作 山口 瞳<エッセイ・ミュージカル>監修 山口正介 「江分利満氏の優雅な生活」 ―昭和の日本人― 山口瞳さん行きつけの 祇園の老舗バーへ ジェームス小野田さんが訪ねました 山口瞳さんのエッセイをミュージカル化した 「江分利満氏の優雅な生活」を上演する ジェームス小野田さん。 残念ながら、山口瞳さんにお会いしたことはないそうです。 山口瞳さん行きつけの祇園の老舗バー・サンボアの 女将さんに当時の話を伺いにでかけました。

ジェームス小野田

1982年に結成された米米CLUBのメンバー。中でも異才を放つ特異な存在として人気を博す。グループは人気絶頂の中、1997年に解散するも、2006年4月に再結成を果たす。音楽活動を続ける傍ら、近年ではミュージカル『ガブリエル・シャネル』『紫式部ものがたり』『江分利満氏の優雅な生活』で俳優としても活躍。また、独特な声や風貌を生かして、CMのナレーションや朗読、近年では「おのちゃん一座」を旗揚げし各地でワークショップと朗読劇(オリジナル・絵本等)上演でも活動中。

第三話 山口瞳さんとの思い出

女将
山口先生にはね、東京の色々なお店に 連れて行ってもろうたんどす。色々ね、 ボルドー〈1927年創業の銀座のバー〉とかね、 ほんまに仰山(ぎょうさん=たくさん)、 連れていってもらいましたよ。 京都から一緒に連れて行ってもろうてね。
小野田
えっ!京都から? 連れて行っていただいたんですか?
女将
はい。
小野田
す、すごいですね。
女将
サンボアが月曜日お休みなんです。 その時分、私、東京に行ったことなかったんどす。 修学旅行以来どす。
小野田
ええ。
女将
そやさかい日曜日に山口先生がおいでやして、 明日、東京帰るから、明日休みなんやったら、 おいない(=おいで)って言わはって。
小野田
へええー。
女将
ほんで月曜日に色々ね、連れていってもろうて。
小野田
で、火曜日に帰ると。
女将
ホテルも銀座にとってくれはって。 奥さんと正介さんとみんなで ホテルに送って来てくれはりました。 帰りしな(=時)は、タクシーに乗って 「東京駅の八重洲口」と言うたら分かるからって。 アハハハハ。 そう言うてね、連れていってくれはりましたよ。
小野田
銀座のバーですか。
女将
クール〈1948年開業の銀座のバー〉さんも行きましたね。 ほんで、うちのマスターがちょっと修業に行っていた トニーズバー〈1952年創業の新橋のバー〉、 それから、地下の、なんと言うたかいなぁ。 仰山(=たくさん)、連れていっていただきました。
小野田
それ、全部、山口さん持ちで?
女将
アハハハ。お小遣いまでもろうて帰って来ました。
小野田
すごいー!気風(きっぷ)のいい方だったんですね。
女将
私がご自宅にお邪魔した時に、 奥さんに「後ろから、つけうま (=未払いの遊興費を受け取るため、客について歩く人) が来た。集金取りが来たよ」って 奥さんに紹介してはってね。アハハハ。
小野田
ハハハ。そうですか。 いろいろなお店に連れていって下さったのは 勉強のために?
女将
そうそう。先代のマスター(=おかみさんのご主人)がね、 早いこと死んだのでね、 その後、私がずっとやっていたんで、そんなことでね。 なんなと(=何でも)勉強せんといかん。 なんか名物を作らんといかんって言ってね。 マティーニだったらちょっと味見したことあるし、 作っている所は主人のを見てたので、 マティーニにしようって思いまして、 お客さんが来ると、それを一生懸命、2杯つくるんですよ。
小野田
2杯?
女将
はい。お客さんのと私の分。 飲んでみて、お客さんが 「これはちょっと違いまんな」ってなったら、 また2杯作って。
小野田
どんどん…。
女将
で、また私が飲んでみて 「あ、美味しいどすねぇ」ってなって、 お客さんも「グーや」ってなったら、 もう一回、同じのを作るんどすね。 それで覚えていったんどす。
小野田
覚えるまでに、随分…。
女将
もうねえ、よばれましたねえ。アハハハ。
小野田
よばれましたか(笑)。
女将
それまではお酒、作ったことは無かったんどす。
 
あ、そうそう、これね、 これ、先生がピーナッツのお皿の大き目のを貸してって 言ってぴゃ~って書かはったんどす。
小野田
へー。ちょっとよろしいですか?
女将
はいはい。どうぞ。
小野田
花?花開く、朝早起き()
女将
ただ、それだけなんどすけどね(笑)
小野田
最後の文字は多い?だ?
女将
朝早く起きることが多いゆうことどすね。
小野田
それを造語しているんですね。へー。すごいですね。
女将
コースターにもよく書いてはったんです。
小野田
きっと、ご機嫌が良かったんですね?
女将
ええ。
小野田
家宝ですね。
女将
なかなかね、お書きになられないですからね。
小野田
なかなか味のある字ですね。
女将
あ、字で思い出した。 小野田さんは味のある字をお書きになるとお聞きまして。 色紙を書いていただきたいなと思いまして。 色紙と、あ、墨がよろしい? マジック?
小野田
あ、では、マジックで。 これ、江分利満氏用に作った自分のハンコなんです。 これを押させていただきます。

女将
まぁ~すいません。おおきに。
―『江分利満の優雅なサヨナラ』を見ながら―
小野田
これ、初版本ですか?
女将
ええ、本ができると必ずね、お持ちくださって。
小野田
サイン入りですね。
女将
それから、これね、うちの20周年の時に 先生が書いてくれはって。 案内状にそれを入れてくれはったんです。
小野田
へえ…
女将
どうぞ、お持ち帰りください。
小野田
え、いいんですか?
女将
ええ、たんとあるんです。 沢山印刷しておきなさいって。
小野田
先生がおっしゃって?
女将
ええ、送るよりか倍作りなさいって。こんな時のためにね。
小野田
ありがとうございます。貴重なものを。
女将
この瓶もね、先生の字なんですよ。〈一番左・ローヤルの瓶〉
小野田
そうですよね。 それから、この額に入っている、暖簾の字もそうですね。
女将
そうどすね。
小野田
ここサンボアには、いきいきしている山口瞳さんの、 書かれた言葉や思い出が宝箱のように詰まっていますね。 今でも、フラっとお店の暖簾をくぐって 入っていらっしゃるようです。 そろそろ、名残惜しいのですが失礼しなくてはなりません。 本日はいろいろなお話しをお聞かせいただきまして、 本当にありがとうございました。 今度、京都に来ましたら、必ず伺いますね。
女将
そうどすかぁ。また、来ておくれやす。
 

祇園サンボア

京都市東山区祇園町南側570-186
TEL 075-541-7509
 営  18:00~1:00 (日祝~24:00)
定休日 月曜日