昔、鈴鹿峠に山賊が棲んでいた。旅人の身ぐるみをはがし、気に入った女は自分の女房にするといった横暴な男で、この山すべて、この谷すべてを自分の物と思っていたのだが、桜の森だけは恐ろしいと思っていた。桜が満開の時に下を通ればゴーゴーと音が鳴り、気が狂ってしまうのだと信じていたのだ。そんなある日、山賊は都からの旅人を襲って殺し、連れの美女を女房にした。女は亭主を殺されたにもかかわらず、山賊を恐れずにあれこれ指図をし始め、山賊に彼の女房七人を次々に殺させる。わがままな女は、やがて都を恋しがり、山賊は女とともに山を出て都に移った。 都で女は「首遊び」をしたいと山賊に命じた。生首を並べ、残酷にも次々新しい首を持ってくるように命じるのである。さすがの山賊も嫌気がさし、また都の暮らしにもなじめず山に帰ると決めると、女は執着していた首を諦め、山賊と一緒に山へ戻るという。 山賊は女を背負って山に戻ると、桜の森は満開であった。山賊は山に帰ってきたことが嬉しいあまり、あれほど恐れた桜の森を通る事を躊躇しなかった。しかし風吹く中、桜の下を行く山賊の背中にいたのは女ではなかった…