鼓童 ワン・アース・ツアー2015〜永遠

京都造形芸術大学を卒業した鼓童の3人が 原点の地、母校へ 理事長と、学生時代・春秋座について、 そして舞台の本質について語り合う

京都造形芸術大学の中のサークルとして 1994年に創設された和太鼓サークル悳。 「心・技・体」をテーマとした同サークルは 美術系の芸術大学にありながら、体育会系のノリもあり、 学内でも他のサークルとは少々、異なった色を放っています。 また大学の草創期に作られたことから 先代・現徳山理事長とも非常に交流が深いサークルの一つです。 そのサークル創設期に立ち会った船橋裕一郎さん それから10年後、サークルとしての組織が確立された頃に入部し 活躍した草洋介さんと小見麻梨子さん。 現在は3人とも和太鼓芸能集団 鼓童のメンバーとして活躍されています。 今回は徳山理事長が聞き手になり、 当時のこと、舞台のことなどをお話していただきました。

船橋さん、草さん、小見さん Profile  鼓童 ワン・アース・ツアー2015〜永遠 春秋座公演の詳細情報はこちら

第一話
和太鼓サークル悳時代の話、
京都芸術劇場春秋座のことなどを
お話いただきました
第二話
ワン・アース・ツアーの内容、
舞台の話などで盛り上がりました。
 

第一話

徳山
みなさんの顔を見ていた当時を思い出してしまったのですが、和太鼓サークル悳の飲み会って、 変な盛り上がり方をしていましたよね(笑)。
小見
最近でも理事長が悳のメンバーとご一緒される ことはあるんですか?
徳山
残念ながら今は、あんまり無いんですよ。 私も忙しくなってしまいましたから。 でも、特別な存在ですよね。 大学と学生の関係を和太鼓悳の活動を通して 一緒になって考える、という。 本学の教育理念が正しく学生さんたちに伝わっているのか という物差しになっているサークルだと思います。
当時を振り返ってどうですか?
船橋
僕はこの大学の4期生なので、 当時はもちろん春秋座という劇場もありませんし、 全校生徒の人数は500人程度で
徳山
そうでしたよね。今は通信教育部の生徒も合わせると 8500名ほどになりますが。
船橋
非常に小ぢんまりとしながらも アットホームな雰囲気の大学 でその中で太鼓をやろうという人たちが集まって、 まだ悳という名前もなかった時でした。 でも、太鼓に出会って、太鼓を通して 母校への愛着が増したなという思いがあります。 こうやってプロとしてやっていく中でも 自分の原点でもありますし、 今でも元気よく活動してくれているのは ありがたいと思います。 こうやってたまに帰ってくると身が引き締まるというか。 また楽しかった思い出がすごく多いので、 それを思い出せる場があるのは、ありがたいなと思います。
小見
私は船橋達が立ち上げて 10年ほど経った頃に入部したのですが 体育会系のような雰囲気もありましたし、 そこでは太鼓の技術だけでなくて、顧問の先生から礼儀とか、 例えばこういう場合にはこういう風に言った方がいいとか、 飲み会ではこういう風に先輩を敬いなさいとか、 教育ではないですが、そういうものを学び取っていける、 すごく良い場だったんですね。 それは社会に出てからも非常に役に立っています。 今、船橋も言いましたけれど、それが今も根付いていて、 卒業公演で立ったこの春秋座に帰って来られるというのは 自分を振り返る良いきっかけになります。 学生の顔を見たり、当時、打っていた曲を聴くと、 自分はこんな風に太鼓が好きだったな、と思いだせますし、 今度は今、自分はどういう風に太鼓と向き合っているかと 自分の原点を見つめ直せる機会になっています。
僕らは社会をほとんど経験せずに過ごしてきているので 礼儀のことや社会のことをちゃんと習得できなくても 悳の時の経験を通して、そういったことを 勉強しなくてはと思えるようになったのは大きかったですね。 それから、ここで何時間もミーティングや 練習をしたことを思いだすと、 「今日の公演もしっかりやらなきゃな」 という気持ちになります。
小見
その時にできた友達や同期や先輩後輩っていうのは 今もつながりがありますね。 小中学校はそんなに連絡を取らなくなっちゃうけれども、 大学では密度の濃い付き合いをしたので、
船橋
そうだね。
小見
今でも舞台を観に来てくれたりしますし。
徳山
でも、ある意味、悳の活動ってハードだよね(笑)。
小見
そうですね。 ある意味、学業と両立するのは非常に難しい(笑)
徳山
そうだよね。 ―アハハ―
小見
怒られますかね(笑)
徳山
いやいやいや、そうだと思います。 でないとあそこまでできないと思いますよ。 僕なんか部分的な関わりしかないけれど、 みんな言わなくても分かっているみたいな 濃い空気感がありますね。 今の悳の学生とみんなが学生だった時とは 雰囲気は違うと思いますけれど それでもやっぱり濃いですね。 そういう意味では特別ですね。
小見
後にも先にも、あんなに人と真剣に語り合うというか、 泣きながら何かをやりとりするというのは、 あの時しかないですね。
そうですね。
卒業生として、こうやって活躍されているのをどうご覧になっていらっしゃいますか?
徳山
誤解を恐れずに言うと、 何であろうと、どういうジャンルであろうと活躍というか・・・ 人の評価が高いかというよりも、 自分たちが満足しているかどうか。
船橋
そうですね。
徳山
ずっとチャレンジし続けているか。 そのベースを作ったのが うちの大学であったのが嬉しいですね。 人の評価はアテにならないし、 必ずしも、その評価が自分の満足度と 一致しているわけではないですから。 もちろん活躍されて嬉しいですけれど、 何よりも今現在、3人が3人共自分を振り返った時に、 達成感があったり、まだまだ私は足らない もっとやらなきゃと前向きに思えてくれていることが 一番大事で、そういう意味ではすごくいい。 そういうベースがうちの学生生活でできたのは すごく嬉しいですね。
船橋
そうですね。 私は文化財、今でいう歴史遺産を勉強したのですが、 太鼓の世界に行っても 生き方とか生活の仕方という意味では、 この大学で培われたものがすごく多くて、今も生きていますね。
僕が学生だった頃、島根県で行われたプロジェクトに 4年間参加したのですが、 (島根県石見神楽温泉津舞子連中と共同企画で「海神楽」「新春神楽」を開催した) その時に、まだ常務だった理事長が来られたんですよ。
徳山
あの、浜でやった? 私が肉を差し入れした?
そうです。僕ら「常務肉」って呼んでいたんですけれど(笑)。 大量の肉を差し入れて下さって、おいしいお肉を。
徳山
僕、食べてないので分からないんですが(笑)。 あったねえ、そんなこと。レンタカーを借りて行きました。 地元の人たちとのコラボレーションしたんですよね。 一回、観に行きたいなと思っていたんです。 自分で観ないと分からないんですよ。 一般の会社もそうだと思うんですけれど、 役職が付いてくると、例えばこんなに盛況でしたとか、 去年は500人だったのが今年は800人来ましただとか 書類の数字で成果を見るんだけれど、数字って・・・、 みなさんは舞台上から観客席を見ているから 分かると思いますけれど 沢山、お客さんが入っているからっていって、 舞台と客席が融合できるとは限らないじゃないですか。
船橋
はい。
徳山
数は少なくても、客席と舞台のなんだろう・・・ 呼吸みたいなのがある。 それと一緒で、数だけでは見えないんですよね。 だから実際に自分で行ける時は行って、 どんなプロジェクトでも見て、 足りているところ、足りてないところ、 自分は満足していても回りは満足していないこと、 逆に回りは満足していても 自分は理解できないこともあるので、 それをできるだけ見ようと。
 
で、「何か差し入れしようか」と言ったら、 「食べるものがいいです」って言われたので、 やっぱり若いから肉だろうなって。 魚は売るほどあるだろうからね(笑)。
船橋
鼓童は過去2回、春秋座でお世話になっているのですが、 演奏してきたメンバーが、本当に音がいいと言うんです。 自分たちは音をすごく大事にしているので、 良い響きが届く会場というのは嬉しくて。 でも自分は卒業生なのに、 なかなか行けないって思っていたんです。 今回、本当に嬉しいです。しかも、3人でね。
小見
私たちの学生の時は卒業公演の1ヶ月ぐらい前から 劇場で練習させてもらえたんです。 今だったら、そんな贅沢な使い方、考えられないですが、 でも学生のときは音についても不勉強で、 劇場の美しさは眼で見てわかるのですが、 響きにこだわりがあるとか、 舞台の素材とか一つ一つにこだわりがあったのかは、 今になって知ったことで。 そういう意味では、改めて音を出すのが楽しみです。
徳山
でも、自分たちの卒業公演の時って、 そういう余裕はなかったでしょう?
小見
そうなんです!劇場を見る余裕はないです。 とにかく練習して、お客様の前に出すという。 舞台や照明などの知識もまったくないのにやっていました。
     
徳山
分からないというのは(笑)、ある意味すごいですね。
もう佐渡に渡って10年ぐらい経つのですが、 今、ここで、どんな音がでるのかが楽しみです。
徳山
舞台って、やっぱり1回、1回じゃないですか。 自分だけじゃなくて、 舞台上のコラボもそうだし、 客席とのコラボもそうだし、 舞台裏とのコラボもそうだし。
船橋
そうですね。
徳山
ありとあらゆる要素が一つになるかならないかで ぜんぜん違いますからね。舞台の出来って。
その日の天気でも違いますしね。
船橋
でも、なぜ、そこまで舞台上の人のことが お分かりになるんですか?
徳山
それは舞台を観て回るからでしょうか。 僕は脈略なく何でも観るんです。 うちと関係があったり、 舞台芸術学科の演出家の先生の作品を観に行ったりしますし、 こういう人が来てくれたらいいのにな、というものも観ます。 現代物も観ますよ。オペラやバレエ、歌舞伎も文楽も舞踊も。 好き嫌いはなくて、やっぱり観ないと分からないですからね。 実は私、この小屋(劇場)には 誰よりも思い入れが深いんですよ。 ですから、できるだけ時間を割いて観に行くようにしています。 だから、もちろん学生の卒業公演も観るようにしています。 あとは舞台を観て、 かつ、役者さんたちと話をしているからでしょうか。 猿之助さんなど宙乗りしている時、とれも嬉しそうですからね。 後で「あの場面はとてもノッていましたよね」って言うと、 「2回公演やっても3公演やっても、あの場面は楽しいです」 と話してくれたり。 そういう話を伺っていると 今日はやりづらそうだなとか、今日はノリノリだなとか どうも客席と波長があっていないな、とか、 だんだん舞台の呼吸というのが 分かってくるような気がします。 自分は出ないのにね。
緊張してきました。
船橋
でも、こっちが緊張するとお客さんも緊張しますしね、 その駆け引きが楽しめるようになるとね。 それにここ
徳山
客席が近いですからね。
船橋
はい。この舞台が低い感じも、 よりお客様に近い感じがするんですよね。 贅沢な造りですよね。舞台裏もこんなに大きくて。
徳山
舞台の表と裏の大きさが変わらないですからね。 意図的に3階も造っていないんですよ。 そもそも劇場を作るにあたっては、 当時の猿之助さん(三代目、現猿翁さん)と 先代理事長が話をしたんですが、 僕らは「止めましょう」と言っていたんです。 全国で黒字になっている劇場なんて、 ほとんど無いのではないでしょうか。 それを大学が、しかも本格的な劇場を造るのはいいけれど、 学生は普段、絵を描いているのに何に使うんですかと。 こんな立派な劇場を造っても、中に何を入れていいか。 仏作ったって魂入れるのは私じゃないし それで、「どうするんですか?」と聞いたら 猿之助さん(三代目)が「僕がやる」って。 でも、そういう造る、造らないって話をそまがら、 私たちもそれなり勉強したんです。 劇場のキャパについても専門家に相談したら 「劇場を作るなら、500人規模ですね」って言われて。 500か1000か1500か2000か。 そうでないと、収益構造を造るときに計算が立たないからって。 でも、うちは800席強で、中途半端なサイズなのです。 というのも先代理事長から 「ここで学生たちに感動する心を伝えたいんだ!」 と言われた猿之助さんに 「感動する心を伝えようと思ったら、 自分たちが満足できる劇場でないと立てない」 と言われまして。 そこまで言われたら、ね(笑)。 それで800席に。それで空間を広くとって、 音を良くするために3階を造らなかったんです。 猿之助さんのおっしゃる通りでしたね。
船橋
僕らは生音にこだわるところもあるのですが 生音がよく届く範囲がこの劇場サイズなんです。 実際は2000人規模の劇場で演奏することもありますが、 自分たちの理想とする大きさはこのぐらいの、 生の音が直接響く大きさだなと思います。
徳山
そうですね。3階席を作ったら舞台から遠くなりますからね。
船橋
僕らは北米でもツアーをするのですが、 北米では大学の中にある劇場で公演することが多いんですね。 そうすると地元のおじいちゃんやおばあちゃんが 大学にやってきて観てくれる。 そういう文化とか習慣って、すごくいいなと思っていた時に、 この劇場ができたので、すごく嬉しかったんです。 日本では、あまり大学に劇場ってないですもんね。
徳山
それについては結構、視察に行きました。 北米の大学の劇場も見に行きましたね。 そこでは、かなりの劇場が 大道具や小道具を作るショップ(工房)を ちゃんと持っているんですよね。 もちろん、そういう学科もあって、 舞台上を作る人や裏方さん等、 それぞれ専門の領域で勉強している学生さんがいて、 最終的に一つの公演を作っている。それを見て 「こんなこと、うちの大学でできるのかなぁ」って、 「とてもここまで無理だよね」って 言っていたのをいまだに覚えています。
小見
結局は作ることになったのは情熱が勝ったんですか?
徳山
情熱が勝ったんです。ほとんど情熱に・・・。 いや、うちほとんど情熱で動いているので(笑)、 大体、悳でもそうじゃないですか?
小見
そうですね。
   

第二話

徳山
ところで今回の公演のタイトルは「永遠」だそうですね。 どんな内容ですか?
船橋
新聞でも拝見していますが、この大学も 新しい学科が増えたり、新しいプロジェクトを起したり、 色々なチャレンジをされていますよね。 僕たち鼓童は来年35周年なんですが これからは太鼓の可能性をどんどん広げていきたい、 広げなくてはいけない時期にきていて、
徳山
うんうん。
船橋
そういう意味で永遠という作品は、 いわゆる太鼓の公演とは、また違った、 色々な楽器を使って、それをどうやって融合させていくか。 太鼓表現の新たな可能性を探る作品にもなっています。 昨年、初演を迎えた時に、 「オペラを見ているようだ」という感想もいただいたので、
徳山
うーん、うんうん。
船橋
そういう意味では、この劇場はオペラもできますし ぴったりだと思っています。 「永遠」という作品が、もっと魅力的になると思います。
今回も歌舞伎俳優の坂東玉三郎さんが演出されたのですが 演出ですごいなと思うのは 小さな音を表現されるのが、とてもお上手で。 和太鼓は大きな音を出すのが得意なので、 それを小さくすると弱い音になってしまうのですが、 そうではなくて「ピアニッシモで」というのを徹底していて 「ピアノ、ピアノ」っておっしゃるんです。
 
会場によっては音が響かなかったりして、 とても難しいんですが どこまで玉三郎さんが表現されたい音が表現できるか、 がんばりたいです。
小見
永遠という作品を稽古するにあたり、 玉三郎さんが「私、発見したことがあるの」と おっしゃったんです。 鼓童の太鼓をずっと見ていて、2種の太鼓があると それは身体性の太鼓と音楽性としての太鼓がある。 身体性としての太鼓は憑依というか、 トランス状態で肉体を酷使して 大きな音を出して昇華していく。 お客様に鬼気迫るものを感じさせます。
徳山
うん。
小見
でも玉三郎さんがおっしゃるには、 鼓童はもう、そこはできているから、 これからは音楽性としての太鼓を磨いていきたいと。 そういう意味では、演者が少しがまんしなくてはいけない。 楽譜通りに音をコントロールしたり、 私たち、太鼓打ちの習性として すぐテンポがあがってしまうんですね(笑)
徳山
アハハ うんうん。
小見
どんどんどんどん走っていってしまうんですが、 そこを客観視して、ここはゆったりとテンポを落として、 ピアノにして打つ。 はっきりいって稽古のときは苦しいというか、
     
徳山
うーん
小見
精神的にも大変だったんですが、 そこから生まれてくる音楽が、 お客様が心地よかったり、今までにない音色だったり、 そういうものに挑戦した舞台だと思います。
船橋
日本的というか抑制を大事にし、 内に秘めるというか、そういうところを 太鼓表現で、どういう可能性があるのかを考えられたそうです。 もちろん最後は太鼓ならではの 圧倒的なスケールもお見せいたします。 でも、そういう抑制された部分を大事にした 太鼓表現の新しい可能性を示した舞台かなと思っています。
最後にメッセージを
徳山
やっぱり自分の表現を追求しつづけて欲しいなと思います。 そのときに自分だけじゃなくて、 聴きに来ている人たちがいると。 玉三郎さんがおっしゃったことと同じか分からないですが、 さきほど、打っているうちにテンポが早くなってしまうと おっしゃっていましたが、 それは演じ手側が自分の世界に入り込んでいる状態だと 思うんでですよね。
船橋
はい、
徳山
そこにはお客様を置き去りにしている感が きっと、あると思うんです。
船橋
それは、よくおっしゃられます。
徳山
結局、どんな舞台でも 観客に考えさせないといけないと思っていて。 演じているのをただ観るだけ、聴くだけではなくて、 そこに演じ手側が何を表現したいのか。 人それぞれ表現の方法が違うじゃないですか。 例えば怒っている演技を5人の役者がいたら 5人とも違うはずで。 それは音も同じだと思うんですね。 そのときに、なんていうのか… 自分の世界だけでダーッと打ってしまう、 自分たちの世界だけでやるのではなくて、 お客様に考えさせる一瞬の間というか
船橋
はい。
徳山
だからわざと遅くしなさいとかおっしゃるのは そういうことじゃないかなと思うんです。 やはりロックのエレキとかギター、 それから三味線でもそうですけれど やたらと激しい表現をしているのを観ていると すごいなとは思うけれど、 それは、テクニックがすごいと思うだけで、 音の本質に対してすごいと思ってないと思うんですよ、私は。 だから玉三郎さんが言わんとされているのは、 多分、テクニックを披露するのではないでしょ、と。
船橋
おっしゃるとおりですね。
徳山
そういう意味でいうと、 どんどんどんどん自分の音を追求して欲しいけれど、 そこには相手もいるんだ、ということを忘れずに。
小見
はい。
徳山
要はがんばれってことなんですけれどね(笑) 7月の公演、楽しみにしております。

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