愛をこめて、貴方たちの敵より。 ゼロ・アワー -東京ローズ最後のテープ

あらすじ

1943年。第二次世界大戦中、ラジオ・トウキョウ(日本国営の国際放送)から発せられた女性アナウンサーの声が、はるか南太平洋の戦艦の米兵たちに届いた。女性アナウンサーたちは日本軍部の命令で集められた日系アメリカ人。「ゼロ・アワー」という娯楽番組で話される魅惑的な声とおしゃべりは、たちまち米兵に人気を博し、いつしか「東京ローズ」と呼ばれるようになる。 やがて日本が降伏し、記者や進駐軍は、「東京ローズ」を探そうと廃墟の東京に殺到した。日系GIの通信兵、ダニエル・山田は、ラジオ・トウキョウを占拠し、ジェーン・須川、アニー・小栗ら5人の日系アナウンサーたちと対面。しかし、彼がたった一人の「ローズ」と探していた、最も毒舌で魅力的な声の主は見つからない。ダニエルは、ラジオから聞こえるアナウンサーたちの声をすべて聞き分けていたのである。 放送局員の潮見俊哉は、その声の主は臨時アナウンサーで、ドイツ製のテープレコーダーに録音して放送していたと説明する。ダニエルと潮見は、チェスという共通の趣味で意気投合し、100番勝負の約束をする。

「ゼロ・アワー」は、日本軍直轄のプロパガンダ放送として企画されながら、実際の制作を担っていたのは日系人と連合軍捕虜であったため、その内容は音楽番組で政治色は薄く、まれに日本軍を欺くこともあるような複雑なものであった。 アメリカ国籍を維持していたアニー・小栗は、アメリカの従軍記者からの取材に対し、「東京ローズ」あると認めるサインをしてしまう。アニーは一時期、スターとなるが、その後、国歌反逆罪に問われて裁判にかけられる。不幸なことに「東京ローズ」はトルーマン大統領の選挙戦のスケープゴートとして使われたのだ。放送局員の潮見俊哉は、FBIから脅迫を受け、妻であるジェーン・須川を守るためにアニー・小栗の有罪を証言。ダニエルの必死の弁護にも関わらず、1949年、アニー・小栗は有罪となり、戦中、彼女が守りぬいたアメリカ国籍は剥奪され、服役することになる。そして、ダニエルの探す本当の東京ローズは見つからないまま、年月は過ぎ去っていく。しかし、ダニエルは諦めず、通信チェスという方法で潮見と何十年も対局を重ねた。二人は、100局目の対局を果たすため、アニー・小栗が亡くなった2006年に、ニューヨークで再会。最後まで特定されなかった幻の東京ローズの正体を告げるために、潮見はダニエルの前に現れる。

第二次世界大戦下、海外短波を聞き取るタイピストを経て、対米アナウンサーとして働き、洋上の米兵に「太平洋の孤児たち」と語りかけた日系アナウンサー。彼女たちの放送室もまた、日本の中の「孤島」であった。 敵国人として自らの声を封じられたアナウンサーたちが、やがて「東京ローズ」とされて母国からも断罪され、歴史の波に消えていく。 史実をもとにした「声なき声たち」の物語である。

史実の中の“東京ローズ”

1943年から1945年の第二次世界大戦中、ラジオ・トウキョウから発信された音楽番組の名称。日本軍部直轄の娯楽番組で、連合軍の兵士の厭戦感を煽るのを目的とした。1943年。ラジオ・トウキョウ(現在のNHK 国際部の放送局)から発せられたアナウンサーの声が、はるか南太平洋の戦艦に届きました。日本陸軍直轄で制作された「ゼロ・アワー」という音楽番組は、敵軍の厭戦や郷愁を煽る目的がありましたが、娯楽を求める米兵たちの間で、たちまち大人気となります。特に、親しげにリスナーに語りかける日系アメリカ人の女性アナウンサーの声は「東京ローズ」と名付けられ、そのミステリアスな存在は彼らを魅了しました。 終戦後、アメリカ国籍を持つ日系アナウンサー、アイバ・戸栗・郁子さんが「東京ローズ」としてスターに祭り上げられた後、一転、謀略放送を行ったアメリカ人として国家反逆罪で断罪されました。しかし、洋上の米兵に「ごきげんいかが、太平洋の孤児たち」という決まり文句で語りかけた日系アナウンサー達もまた「日米という2つの祖国を持つ孤児たち」であったのです。 この史実をもとにして「ゼロ・アワー 東京ローズ最後のテープ」の脚本は書かれました。

アイバ・戸栗・ダキノ(日本名 戸栗郁子)

1916年7月4日に、輸入雑貨店を経営する山梨県出身の父・遵と、東京府出身の母・ふみのもと、日系アメリカ人2世としてアメリカ・カリフォルニア州ロサンゼルスに生まれる。1941年、叔母を見舞うため、両親の祖国である日本へ。その直後、太平洋戦争が勃発。帰国の機会を失い、滞在費捻出のため職を得たラジオ・トウキョウでアナウンサーに抜擢され、米兵たちの人気を博す。しかし日本の敗戦後、プロパガンダ放送に加担したとして、女性としては史上初となる「国家反逆罪」で禁固10年・アメリカ国籍剥奪の有罪判決を受け、刑務所に服役する悲劇に見舞われる。