行列のできる演出家 岩田達宗さんにお聞きしました。

今年の9月、春秋座で、日本を代表する豪華ソリスト達とオーケストラを迎え プッチーニ作曲『ラ・ボエーム』を上演します。 演出するのは今、人気沸騰中の岩田達宗さん。 サービス精神にあふれ、周りにいる人を明るく楽しい気持ちにさせてくれる、 そんな魅力的な方です。 岩田さんに、演出にかける思いなどを プロデューサーの橘と制作の大嶋が伺いました。

第2回 これがプッチーニのオペラ

岩田
オペラって本来、コスモポリタンなものなんです。 舞台はフランスって見せかけながら、実はイタリアだったり。 バスク(フランスとスペインの国境)って言いながら、 どう考えても南ギリシャの方だろうみたいな。 それがある種の力を持ったときに普遍的になる。 どこの国とか関係なくなるんですね。 『ボエーム』は、フランスの話だけれどイタリア語で歌うんです。 しかも今回は、それをさらに日本人が歌う。 ということは本来オペラが持っている 「どこの国の話」というローカルなものではなくて、 現代にも通じる若者たちの生々しいというか、鮮烈さというか 彼らが生きている生き様みたいなものを表現して、 「あ、オペラってこうだったのか」って思ってもらおうと思って。
大嶋
時代感っていう意味では実際の『ボエーム』の頃の時代というよりも、 今であると?
岩田
そうですね。だからといって現代の意匠を出そうとは思わないんですけれどね。 携帯電話が出てくるとかね、iPhoneが出てくるとかね(笑)。 最近、思うんですけれども、やっと日本人がオペラをやっても、 外国人の真似をしているって、思われなくなってきたなと思っているんです。 それは歌手の技術が高まってきたからでもありますけれど、 僕がまだアシスタントの頃、1990年代頭は『ボエーム』なんかやっていると、 まだ苦しかったんですよ。 西洋人の真似しているなって。その体形でオペラは似合わないよなって。 体形だけじゃなくて感覚の問題ですね。センスとかね。 その突き抜けたコスモポリタンみたいなものまで 行けてないよなって思っていたのが、 オペラ歌手の肉体の中に外国語が浸透してきて、 感覚を理解できるようになってきた。 そうなると今、チャンスだと思うんですよね。 お客さんもヴェルディ、プッチーニとなると、スペクタクルで派手な音楽で、 バン!バン!バン!!って上演するものと思っているでしょうけれど、 そうではないと。
 
 
オペラ歌手の技術っていうのは、生の肉体を使った 一種、スポーツに近いことなんだけれども、 こんなに繊細で、こんなにもビビットなことが、こんなにも鮮やかで、 こんなにも鮮烈に表現できるんだよっていうのを感じてほしいんです。 それはヴェルディやプッチーニの音楽史上における功績ともいえるし、 そういったものを作れるということは演劇人としての値打ちですよね。 結局、演劇人としてすごいんですよ。ヴェルディ、プッチーニって。 派手な舞台美術とかスペクタクルな場面の影に隠れて 見えなくなっているんですよ。 そういったものをなんとかして外してやろうって思っていたら、 この劇場にすごくハマったんです。 しかも『ボエーム』をとおっしゃるから、「ぴったりじゃん!」って。 だから「合唱なしでやってもいいですか」ってお聞きしたんです。 確かに合唱やスペクタクル物を入れなかったら 演出として変わっているかもしれないんですけれども、 プッチーニ自身が初演する時にがまんして付けたものをどける訳ですから。 これが本当にプッチーニがやりたかったことだから 「見てくれ!!」っていう気持ちですね。 といっても、がまんして付けた場面ですら素晴らしいですからね。 それで全体を成しているから、もちろん批判はあると思うんですよ。 その批判は覚悟です。 でも、プッチーニのオペラを受け継いでいる現代の歌手たちがどれだけ、 すごい演劇をやっているかって証明するために この仕事をしているわけですから、願ったりかなったりなんです。
 
 
だから花道は絶対に使わせていただきたい。 僕、普通のオペラの劇場でも客席を使うんです。 生の肉体で劇場を鳴らすということを近くで感じてもらいたいくて。 残念ながらヨーロッパのオペラハウスでは、 客席で鳴らすっていう発想はなかったんですよ。 今からヨーロッパの劇場を新しく作っても、 花道は絶対、作りませんからね。 ヨーロッパの劇場に花道っていう発想はないですからね。 ここにお客様がいて、この少し高い所に歌手が立って、 すぐ近くで歌うって。僕ね、考えるだけでわくわくしますね。ハハハ。 本当に。早くやりたいって。 本当に2幕、3幕あたりは大胆に花道だけ使ってやろうかなって。 本舞台も、もちろんアクティングエリアとして使いますけれども、 メインのアクティングエリアは花道にしようかなって勢いではいますね。
春秋座はね、本当はスーパー歌舞伎の市川猿之助さんが 歌舞伎とオペラが理想的に上演できる劇場として作った場所なんです。
岩田
そうなんですか!!
まずオーケストラボックスがあって、 マイクを使わなくても生音で声が響くこと。 『夕鶴』など日本のオペラに対応できる劇場として建てられたんです。 プッチーニはヨーロッパの天井が高い劇場のセットが多く使われますが、 『ボエーム』は室内劇なので、きっと春秋座でできるかなと。 猿之助さんはパリのシャトレー劇場でも、 仮設の宙乗りで普通の倍ぐらいの高さを飛んだんですよね。 猿之助さんがおっしゃるには、歌舞伎は芸術至上主義で明治以降、 非常に文学的、芸術的になりすぎて面白くなくなった。 でも本来、江戸時代は現代劇だったんだ。 その面白さを取り戻したいと。 それでサーカスだとかケレンだとか言われながら、 スーパー歌舞伎をやったんですね。 それは勘三郎さんも玉三郎さんも非常に刺激を受けたと思うんです。 そういう劇場だということを理解していただける演出家に オペラを上演していただけるというのは、光栄です。
岩田
いやー、非常に緊張します。
私自身、非常にプッチーニが大好きで、 以前、『原宿物語』っていう『ラボエーム』を下敷きにした ミュージカルの舞台をやったことがあるんです。 アイドルを使って、松山善三さんに演出してもらったんですけれどね。 でもいつか本来のプッチーニの姿を理解してくださる方に演出してもらって 『ボエーム』をやりたいなと思っていたんです。 だから思いがあるんです。
岩田
ドキドキします。
といってもオペラを見にくる方は、やはりオペラファンが多分多いだろうし、 聴きなれている方が多い。そういう方にも 「あ、オペラってまだまだ可能性があるな」 と、刺激を与えていただけるような、 そういう舞台にしていただけたらと、ワクワクしています。

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